第194話 準暴力団・万秋会①

「拙い……非常に拙い……」


 会田さんとの電話終了後、反社チェックを兼ねてネットで『矢田牧夫』の名前を検索すると、準暴力団・万秋会の名称がヒットした。


「――何でよりにもよって、準暴力団が宝くじ研究会に……」


 ただ思い付きで作っただけの組織に準暴力団が紛れ込んでくるとは……。

 思ったより世界というのは狭いらしい。

 暴力団の組員がこんな身近に存在するとは思いもしなかった。


 ゲーム世界で相手にしたなんちゃって暴力団『冷蔵庫組』とは違う本物の暴力団。

 あっちではやりたい放題に対処したがこっちではそうもいかない。


 現在、日本では暴力団排除条例が施行されている。

 どんな条例かというと、反社会的勢力に対する利益供与を一切禁じるという条例だ。もしそれに違反した場合、一年以下の懲役または五十万円以下の罰金が科せられる。


 別に暴力団と知って宝くじの分配金を配った訳ではないので大丈夫だとは思うが、準暴力団と知ってしまったからには話が別だ。


 暴力団排除条例で規制されている暴力団の威力を利用する事を対価に利益供与している訳でも、持ちつ持たれつの共生状態にある訳でもないが、外部がどう受け取るかはわからない。

 最悪、密接交際者と警察に認定された場合、警察のデータベースに登録されたり、銀行口座を凍結されたり、不動産の売買、賃貸ができなくなる可能性がある。


 よし。とりあえず、今、銀行口座に預けている金は全額引き出しておこう。

 金利も低いし、万が一、金融機関が破綻した時の事を考えると、預けておくメリットは皆無。アイテムストレージがあれば、資産の保全は十分だ。


 ネットで預金残高を確認すると、銀行に直接連絡し、預金残高すべてを下ろしたい旨を伝える。

 本当は来店予約し、その際に預けていたお金を受け取りたかったが、ネットによると個人のお客様の、振込、入出金、税公金などのお手続きは予約対象外との事なので仕方がない。


 貯金金額を見ると、二百億円を超えていたので、それすべてを引き下ろしたい旨を伝えると、引き出し理由を問い質された。


『お客様。確認の為、資金の利用用途をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?』

「へっ? 資金の利用用途??」


 どうやら、高額な現金引き出しともなると、引き出し理由を問い質されるらしい。


「別に銀行に預けておくメリットが無いから引き落とそうと思ったんだけど、それじゃあダメなの?」


 そう返答すると、銀行員が言葉を詰まらせる。

 だって、そうだろ。

 銀行や警察の匙加減で凍結される可能性もあるし、もし万が一、金融機関が破綻しても一千万円までしか保障してくれないんだぜ?

 アイテムストレージがあるなら、それに入れるだろ。

 銀行に預けておくより安心だ。


 心の中でそんな事を考えていると、支店長を名乗る銀行員が電話口に出た。


『申し訳ございません。私、当銀行の支店長、金城と申します。当行員から二百億を超える出金をしたいとお聞きしたのですが、もう一度、出金理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか?』


 どうやら銀行内での報連相がうまくいっていないらしい。

 仕方がないので、もう一度、答える事にする。


「別に銀行に預けておくメリットが無いから引き落とそうと思ったんだけど、それじゃあダメなの?」


 そう尋ねると、支店長である金城も言葉を詰まらせる。

 しかし、そこは支店長。

 すぐに再起動し、コホンと咳を吐いた。


『申し訳ございません。詐欺や防犯上、又は警察の要請で用途を確認し予約をした上で取引することが定められておりまして……』


 えっ? 今の理由にならないの??


「……えっと、今、理由を言いましたよね? 銀行に預けておくメリットはないので引き落とそうと思っているのですが、それだとダメなんですか? 自分の金なのに??」


 高額なので用途を確認しなければ引き下ろしができないと聞き、唖然とした表情を浮かべる。

 銀行の人は、預金者が銀行に預けているお金を引き出す時、そのすべてを散財するものだと考えているのだろうか?

 用途ならあるだろ。タンス預金とか……。


「――もし、銀行が破綻した場合、法令により一千万円までしか資産は保全されませんよね? もし銀行が破綻した時、預けている資産全額を保障すると頭取名で契約書を交わしてくれるなら引き下ろさなくてもいいですけど……」


 それに俺は何も今すぐ金を二百億円用意しろとは言っていない。

 銀行に預けている自分のお金ですが、いつなら用意できますかと聞いているだけだ。

 俺も支店が二百億円もお金を急に用意できるとは思っていない。

 あえて、そう言うと、金城はまたもや言葉を詰まらせる。


『し、しかしですね。用意したお金はどの様に持ち帰るつもりでしょうか? お客様の安全の為にも、二百億円もの引き出しは……』

「ああ、その事ですか。安心して下さい。それについては、こちらで考えがあります」


 まあ、アイテムストレージに現金を入れる瞬間を人に見られる訳にはいかないから、部屋を用意してもらう必要があるかも知れないが、それについては問題ない。


『で、ですが……』

「えっと、こちらも銀行さんを困らせたい訳ではありませんので、二百億円の引き下ろし当日、何なら警察の方に立ち会って頂いても構いません。それに俺は今日、お金を用意して下さいと言っている訳ではないので……」

『わ、わかりました……それでは一週間後の午前十時に支店にお越し下さい。その際、本人確認書類とお届け印をお持ち頂けますようよろしくお願いします』


 埒が明かないので、警察立会いの下、現金の引き渡しを行おうと譲歩すると、支店長である金城もようやく折れてくれた。


 ただ警察や銀行の匙加減で銀行口座を凍結されるのが嫌だから資金を下ろしたかっただけなのに、まさかここまで粘られるとは……。


 まあいいか。とりあえず、現金を引き出す約束は取り付けた。

 後は準暴力団・万秋会の組員、矢田牧夫をどうにかするだけだ。


「厄介だな……」


 何より、死ぬほど面倒臭い。

 部屋でゴキブリを発見し、近くのスーパーでゴキジェットを買いに出かけ、部屋に戻ってきてすぐゴキブリの捜索を行い、ゴキブリをイレイズする並に面倒だ。

 と、いうより、どこから入り込んだんだろ?


 宝くじ研究会・ピースメーカーの会員は、会田さんが加入していたネットワークビジネスグループの会員が殆どを占める。


 ――と、いう事は?


 もしかして、ネットワークビジネスグループの中に準暴力団が紛れ込んでいたとか?


 マジか……そうだとしたらやってくれたな。


 まあいいか。とりあえず、本人に会って話を聞こう。

 俺は会田さんに電話をかけると、万秋会の組員、矢田牧夫を近くのサイゼリヤに呼ぶようお願いする。


 病院の特別個室を出てサイゼリヤに向かい、しばらく待っていると……。


「―――おう。あんたが、高橋翔か?」


 男がそう声をかけてきた。

 見た所、二十代前半。明らかにその筋の人だとわかる茶髪のオールバックにグラサンだ。

 趣味の悪そうな紫色の服を着ている。

 どうやらこいつが、万秋会の組員、矢田牧夫の様である。

 少し前の俺なら絶対に近寄らない人種だ。


「はい。高橋翔です。そういうあなたは、矢田牧夫さんですね?」


 万秋会の組員の……とは、敢えて言わない。

 何か、チラチラと矢田牧夫の事を見ている人がいるし、『万秋会の組員、矢田牧夫さんですよね?』とか言って、警察に密接交際者扱いされたら堪らない。


「ああ、そうだが……」

「それじゃあ、外は何ですし、中に入りましょうか?」


 サイゼリヤの階段を上ると、後ろから矢田牧夫も着いてくる。


 さて、どうやって、宝くじ研究会・ピースメーカーから抜けて貰おうか……。

『君のお陰で俺達の口座が全部凍結されるかもしれないんです。だから今すぐ宝くじ研究会・ピースメーカーを辞めて下さい』とは言えないよなぁ……。


「お二人様ですか?」

「は、はい。二人です」

「それでは、こちらへどうぞ」


 思えば、サイゼリヤなんて何ヶ月ぶりだろう。

 サイゼリヤに入店すると、店員さんによってテーブルへと案内される。


「えっと、矢田さんだっけ? 好きなものを頼んでいいよ」

「え、本当に良いのか?」

「ああ、勿論さ。だって、君の事を呼んだのは俺だからね」


 ホストがゲストを持て成すのは当然だ。

 これから脱退を迫ろうというのだから当たり前の行為である。


「そ、それじゃあ、ミラノ風ドリアとマルゲリータピザ、リブステーキと生ビールをジョッキで頼む」

「あー、はいはい。ミラノ風ドリアとマルゲリータピザ、リブステーキと生ビールをジョッキね……」


 つーか、頼み過ぎじゃね?

 サイゼリヤなのに二千円越えたんですけど……まあいいや。


 テーブルの端に置いてある注文用紙にメニュー番号を書いて呼び出しボタンで店員さんを呼ぶ。そして、注文票をスタッフに渡すと、スタッフは元気よく注文を復唱し始めた。


「お待たせ致しました。ご注文は、ミラノ風ドリアとマルゲリータピザ、リブステーキと生ビールのジョッキですね。以上でご注文はよろしいでしょうか?」

「はい。あと、生ビールは料理と一緒に持って来て下さい」


 やっぱり、生ビールは料理と一緒に飲むのが美味しい飲み方だからね。

 控えめな声でそう言うと、「少々お待ち下さい」といい、その場を去っていく。


 ちなみに俺は何も頼まなかった。

 だって、話し合いに来ただけだし、正直、こんなに注文されるのは想定外だ。

 俺はコップに水を汲む為、席を立つ。

 ドリンクバーで水を汲みテーブルに戻ると、少しして、店員さんが料理を持ってきた。客があまりいない時間帯に来た為か料理を持ってくるのがとても早い。


「お待たせ致しました。ミラノ風ドリアとマルゲリータピザ、リブステーキと生ビールになります」

「ああ、ありがとうございます」


 テーブルに料理を置き、店員さんが席を離れるのを待つと、俺は早速、矢田牧夫に話しかけた。


「……さて、食べながら話をしようか。矢田牧夫さん?」


 俺がそう声をかけると、矢田牧夫はテーブルの隅に置いてある食器入れからナイフとフォークを取り出し、リブステーキにぶっ刺した。

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