第89話 攻略! 中級ダンジョン『ボルケーノケイブ』①

 翌日、目が覚めメニューバーを開き時間を確認すると午前八時三十分だった。

 完全に寝坊だ。

 三十分後には、部下達の訓練をする為、転移門『ユグドラシル』に向かわなければならない。


 しかし、まったくと言っていいほど、起きる気がしない。


「あー、ダメだ……全然、起き上がる気がしない……」


 どうしようか、これ?

 今日の訓練、止めようかな……。

 なんだか面倒臭くなってきた。


 いや……ダメだ。

 部下共が時間通りに集まって俺が集合時間に遅れるとか、その時点で、なんだかあいつ等に負けた様な気がする。


 ……やっぱり起きよう。ここは起きるべきだ。

 朝食も食べてないし、眠気もあるが、ダメ人間にダメ人間認定されるよりかは遥かにマシだ。

 奴等に同類と見なされたら軽く死ねる気がする。


「仕方がない……起きるか……」


 ベッドから身体を起こし、嫌々ながら立ち上がると、目を擦りながら部屋を出る。

「ふわぁ……」と欠伸をしながら午前九時丁度に転移門『ユグドラシル』に向かうと、そこには、一人、ゲッソリとした表情を浮かべる『ああああ』の姿があった。


「あれ? 他の奴等は?」


 そう尋ねると『ああああ』は、口を押さえながら具合悪そうに呟く。


「……うぉえ。ちょっと、話しかけないでくれる? 戻しそう……」

「そっか……」


 という事は、遅刻か。そういえば、あいつ等、昨晩は元の世界の料理を美味しそうに食べていたっけ。酒も煽るように飲んでいたみたいだし、もしかしたら、酔い潰れて寝過ごしているのかもしれない。


 うん。起きてよかった。

 遅刻したら、あいつ等と一緒のダメ人間認定される所だった。


「……よし。それじゃあ、酔い潰れて訓練の時間に遅れるようなクズ共を迎えに行こうか」

「えっ?」


 いや、「えっ?」じゃねーよ。

 俺が眠気を振り払ってまでここに来たのに、何、勝手に酔い潰れて遅刻してやがるの?

 酒に酔っ払って遅刻とか、深酒して一限目の講義に遅れる大学生か!

 まだ大学生なら許される行為も社会人がやったらアウトだからっ!

 遅刻が許されるのは上位者だけの特権だからっ!


 そんなこんなで、俺が経営する宿に戻り、部屋で爆睡する部下を全員叩き起こしていく。


「はーい。全員、目が覚めてここに集合するまで一時間かかりました……」


 強制的に起こされ、頭痛そうな表情を浮かべている部下達。

 部下達を強制的に起こしていった時の反応は様々だった。


「うーん。後五分……」と曰う部下。

「ふがっ!?」と鼻を鳴らし起き上がったかと思えば、そのまま二度寝に突入する部下。

「うるせぇなぁ!」と寝起き不機嫌に悪態をつく部下……。


 すべての部下に目覚まし代わりの拳骨を与え、中級ダンジョン『ボルケーノケイブ』で正座をさせると、ヤンキー座りをしながら眉間に皺を寄せ呟く。


「まあ、どうでもいいんだけど、ちょっと教えてくれる? もしかしてさぁ? お前等、俺の事を舐めてんの?」

「「…………っ!??」」


 俺の言葉に部下達が背筋をピンと伸ばす。


 結構厳しく教育したつもりだったんだけど、おかしいな……。

 もしかして、俺、優しかった?

 こいつ等、まだまだ余裕ある?

 いや、余裕あるな、これ……。


 申し訳そうな表情を浮かべるが、一切、俺と視線を合わせようとしない部下共。

 ただ一人、『ああああ』だけが、素知らぬ顔で『あーあ、知らね』見たいな表情を浮かべている。


「よし。お前達の気持ちはよくわかった。それじゃあ、お前達。今日の訓練では武器の使用を禁じる。素手で中級ダンジョン『ボルケーノケイブ』を攻略しろ……」


 その言葉に、部下達が驚愕の表情を浮かべた。


「ま、待って下さいっ!」

「そんな、武器なしで中級ダンジョンを攻略するなんて無理ですっ!」

「せ、せめて、剣だけでも装備させて下さい!」


 部下共の言葉に、少しばかりイラついた俺は、ゆらりと立ち上がる。

 そして――


「……うだうだうだうだ、うるせぇなぁ……お前等っ! モンスターはなぁ! こうやって素手で屠ればいいんだよっ!」


 ――突如背後に現れた『ボルケーノケイブ』に棲息するドラゴン型モンスター、リトルドラゴンの首を掴むと、そのまま首を捻り縊り殺した。


 リトルドラゴンはそのまま、ドロップアイテムに変化するが、突然、モンスターを縊り殺した衝撃からか、部下達は唖然とした表情を浮かべている。


「つーことで、武器の使用は無しって事で……。もし、武器を使ったら、相応の罰を与えるから……」

「「ひ、ひいいいいっ!」」


 目を赤く光らせ、そう凄むと、俺は部下共に向けてモブフェンリル・バズーカを構える。


「さあ、さっさと行きやがれっ! 中級ダンジョン『ボルケーノケイブ』の推奨レベルは八十。レベル百五十オーバーのお前等なら素手でも楽勝だろうがぁぁぁぁ!」

「「ぎ、ぎゃああああっ!」」


 そういって、一発、モブフェンリル・バズーカを打ち込むと、逃げ場をなくした部下共が中級ダンジョン『ボルケーノケイブ』内部に向かって走り出す。


「もう一度言っておくがなぁっ! 素手以外の武器を使ったら罰を与えるからなぁぁぁぁ! これ以上、俺様を怒らせたくなかったら死ぬ気で攻略しろよ!」


 俺が部下共を中級ダンジョン『ボルケーノケイブ』内部に追い込むと、『やれやれ』とため息を吐きながら『ああああ』が俺の肩を叩いてくる。


「やれやれ、カケル君も大変だね。まあ、俺には関係ないけ……」

「テメーは何でここにいるんだ? テメーの仕事はあいつ等のお守りだろうがよ」

「えっ? カ、カケル君?」


 俺の言葉に戸惑う『ああああ』。

 しかし、今の俺は虫の居所が悪い。


「いいから、あいつ等のお守りにいけやぁぁぁぁ!」

「す、すいませんでしたぁぁぁぁ!」


 俺の怒声に部下と同様、『ああああ』も一緒に『ボルケーノケイブ』内部に突っ込んでいく。


 まったく、あいつ等ときたら……。

 俺がちょっと優しくしてやればつけあがりやがって……。


 まあいい。

 素手でも中級ダンジョンを攻略する事ができるとわかれば、あいつ等の認識も変わる筈だ。まあ、武器を使えない分、滅茶苦茶効率は悪いけどね。


「さてと、俺もあいつ等の様子を見て回る事にするか……」


 中級ダンジョンの適正レベルは八十。

 あいつ等のレベルは百五十オーバーだから大丈夫だと思うが、念の為……。


 そんな事を考えながら、中級ダンジョン『ボルケーノケイブ』の中に入り込む。

『ボルケーノケイブ』は広大な火山洞窟ダンジョン。洞窟の中に入り込むと、煮えたぎるマグマの音や洞窟内に棲息するモンスターの声が聞こえてくる。


「ぎゃああああっ!」

「誰か助けてぇぇぇぇ!」

「死ぬぅぅぅぅ!」


 ついでに、部下達の情けない叫び声も……。


 さっき、モンスターの倒し方を実演してやったというのに情けない奴等だ。

 何をさっきからワーキャー叫び声を上げているのか気になりマップを見てみると、ダンジョン内に野良ボスモンスター『ボルケーノ・ドラゴン』が出現している。


「なるほど、ボルケーノ・ドラゴンか……あれを素手で倒せたら一人前だな」


 ボルケーノ・ドラゴンの動きはさほど早くない。

 圧倒的な外見や威圧感で怯みがちだが、強力なブレス攻撃を上手く回避しながらダメージを与えて行けば問題なく倒せるモンスターである。


 なによりレベル八十のパンチ力と、レベル百五十のパンチ力では段違いの差がある。まあ、剣や杖を使えない分、リーチは短くなるが、それも仕方のない事だ。


 ボルケーノ・ドラゴンを素手で倒すのに必要なのは、強大な敵に飛び込んでいく勇気!


 そう。『命名神の怒り』の効果で物理・魔法攻撃無効のあいつ等に必要なのは、大縄跳びに飛び込んでいく位、軽めな勇気だ。

 縄が当たっても、『痛っ!』と声が出るだけで、そんなに痛くない軽めの勇気。


 ワーキャー言いながら逃げに徹する部下達を目の当たりにしていると、端に『俺にもそんな時があったなぁ……』と言わんばかりに達観している『ああああ』の姿が目に映った。


 何やってんだ、あいつ?


 ちゃんと、部下達の監督をしろよ。

 何の為にお前を雇ってると思ってるんだ。


 とりあえず、『ああああ』に向かって、モブフェンリル・バズーカをぶっ放すと、吹っ飛ばされながら悲鳴を上げる『ああああ』を後目に、逃げ惑う部下達の退路を断つ為、部下達を囲う様に走りながら『モンスターリスポーン』を使用していく。


「「な、何やってるんですかぁぁぁぁ!」」


 モンスターに囲まれ魂の絶叫を上げる部下達。


 何をやっているか。そんな事は決まっている。

 お前等の気持ちを一つにする為のサポートである。


「えっ? 決まってんだろ。サポートだよ。サポート。獅子は我が子を千尋の谷に落とすという言葉を知らんのかね君達は……。俺はワザと試練を与える事で、お前達の成長を促しているんだよ」


 そう言うと、部下達が揃って俺を非難してくる。


「「いや、それ、谷に落して這い上がってきた生命力の高い子供のみを育てるっていう言葉だからぁぁぁぁ!」」

「えっ? そうなの?」


 それは知らなかった。

 一本取られたぜ。


「まあ、じゃあそんな感じで、お前達の獅子奮迅とした活躍を祈ってるよ。というより、『命名神の怒り』にも、時間制限があるんだ。お前達のレベルがいくら百五十オーバーだとしても、モンスターの集団にフルボッコにされたら流石のお前達も死んじゃうぞ★」

「「『死んじゃうぞ★』じゃねー!」」


 おお、言う様になったじゃないか。

 上司にため口なんて、戦国時代なら斬首ものだぞ。

 まあ、俺は大らかな性格をしているからそんな事はしないけど。


「まあ、頑張れ。気概を見せろ。万が一、死にそうになったら『ああああ』が助けてくれる。安心しろ」

「「その『ああああ』さんは、瓦礫の山に埋まってますけどっ!?」」

「うん?」


 部下達のツッコミを受け、『ああああ』のいた場所に視線を向けると、その場所には瓦礫の山が積み上がっていた。

 どうやら、モブフェンリル・バズーカの当たり所が悪かったらしい。


「そうか……じゃあ、助けはなくなったな。まあ、死なないように頑張れ。モンスターなんて適当に殴れば倒せるから」


 投げやりにそう言うと、部下達が揃って宙を仰いだ。


 俺が助けるという選択肢が最初からない事を悟ってくれたらしい。

 喜ばしい限りだ。


「さあ、頑張れ!」


 そう言葉を投げ掛けると同時に、モンスターが部下達に向かって殺到した。

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