第73話 呪いの装備『命名神の逆鱗』②

 俺が浮かべた笑みを見て、『ああああ』が戦慄する。


「ち、ちょっと、カケル君!? い、いえ、カケル様っ!? 今、何をするって言ったんですかっ!?」

「うん? パワーレベリングだけど? ほら、だってお前、弱過ぎるし……」


 それに上級ダンジョンを攻略するなら、この世界がまだゲームであった時、クリアした事のあるプレイヤーの方がいいと思うんだよね?


『ああああ』はクズだがそれなりに役に立つ。


 主に呪いの装備を装着させても、まったく心が痛まない人柱的な意味合いとして……。


「……それに俺が折角、五十レベルまでパワーレベリングしてあげた『ああああ』を使い捨てにした転移組の連中にも腹が立ってるんだよね。だから、お前にはもう少しだけ強くなってもらおうかなって思ってさ」


 そう言いながら、グレイプニル弾に縛られた『ああああ』の視界を、余計なものが見えないようアイテムストレージに入っていたガムテープで塞ぐ。


「い、いや、それならなんで視界を塞ぐのっ!? しかもガムテープで!?」


 まったく注文の多い奴だ。


 とはいえ、視界を塞がれ不安に思う気持ちはわかる。

 ここは上級ダンジョンだからね。

 仕方がない。少しだけ安心させてやるか。


「ダイジョーブ。ダイジョーブネ。安心スルトイイヨ。コレカラ、オ前ニ言エナイ方法デパワーレベリングスル予定ナダケダカラネ。次、ガムテープヲ剥ガス時、オ前ハ、トンデモナイ程ノパワーアップヲ遂ゲテルハズヨ」


「なんでカタコトッ!? 何その怪しい外国人みたいな喋り方っ!? 余計不安になったんですけど!?」

「チッ……!」

「なんで舌打ちしたのっ!?」


 うるさい奴だ。


「ナンデモナイネ。チョット、イラットシタダケヨ。煩イ奴ダトカ思ッテナイカラネ」

「えっ、イラッとしたのっ!?」

「……モウ黙ルヨ。話ガ進マナイネ」


 そう言って、ガムテープで口を塞ぐ。

 ムームーと煩いが、ようやくパワーレベリングできる体制が整った。


「サテ、オ前ニハ、百五十レベルマデ、レベルヲ上ゲテモラウヨ。念ノ為、命名神シリーズヲ発動シテオクネ」


 効率の良いパワーレベリングといこう。


 アイテムストレージに入っている課金アイテム『レアドロップ倍率+500%』『獲得経験値+500%』『モンスターリスポーン』『ボスモンスターリスポーン』を選択すると、『使用する』をタップする。

 すると、俺を起点として地面が円形に赤く染まり、地面から大小様々な蟻地獄が発生し、モンスターが湧いてくる。


『『グララララララッ!!』』


 蟻地獄から上がってきたデザートクレードルのボスモンスター『アントライオン・ネオ』は、俺達に視線を向けると楽しそうに笑った。


 楽しそうで何よりである。

 これには俺もニッコリ笑顔だ。


「それじゃあ、始めようか!」


 その瞬間、丸い光の玉だったエレメンタル達が本来の姿を取り戻す。


 赤い玉から突然上がった炎が鳥の姿を形取り火の上位精霊フェニックスへと姿を変え、青い玉から水があふれ出し、溢れ出た水が水の上位精霊クラーケンを形取る。

 緑の玉から雷を纏った煙を吹き出し、筋骨隆々なターバンを被った風の上位精霊ジンに姿を変え、土色の玉が急激に膨れ上がり巨大なカバこと地の上位精霊ベヒモスへと姿を変えた。


 危険が及ばぬよう風の上位精霊ジンにベヒモスの背中に乗せてもらうのと同時に、激しい空振が俺達を襲う。


 蟻地獄からアントライオンが出てくる度、フェニックスがそれを焼き尽くし、ボスモンスターであるアントライオン・ネオが姿を現すとジンが風でバラバラに切り刻んでいく。


 地面からポップする度、ドロップアイテムに姿を変えていくモンスター。

 やはり、進化したエレメンタル達は凄い。格が違う。


 湧いた瞬間、焼却されバラバラにされる同胞達を見つめながら、それでも課金アイテムの効果で攻撃を仕掛けなければいけないモンスターが可哀想だ。

 モンスター達の断末魔を聞き顔を青褪めさせる『ああああ』。


 お前は運が良い。

 何せ縛られ横たわっているだけで、レベルが百五十になるのだから。

 俺もこのパワーレベリングが終わる頃には、レベル二百の遥かなる高みへと昇り詰めている事だろう。


 さて、まだまだ時間はかかるだろうし、俺はモンスター達の断末魔をBGMに読書と洒落込もうか。


 最近、気になる小説が多いんだよね。

 まあ、小説一冊読み終わる頃には、すべてが終わっている事だろう。


 俺はベヒモスの背中に、『人をダメにするクッション』を置き、腰掛けると小説を読み始めた。


 どの位、時が経っただろうか。

 一巻を読み終える頃には、モンスター達の奏でる断末魔も聞こえなくなり、横では『ああああ』が震えていた。


「終わったか……」


 ステータスを確認すると、レベルが百八十近くまで上がっている。

 しかし、まだまだノルマ達成には程遠い。


「もう一回だな」


 そう呟くと『ああああ』がビクリと震えた。

 震える『ああああ』を無視し、エレメンタル達に視線を向けると、まだまだ行けると首を縦に振る。


 流石はエレメンタル。

 後でペロペロザウルスのTKGを食い倒れるまでご馳走様してあげよう。


「よし。エレメンタル! もうワンテイクいってみよう!」


 アイテムストレージに入っている課金アイテム『モンスターリスポーン』『ボスモンスターリスポーン』を選択すると、『使用する』をタップする。

 すると、俺を起点として地面が円形に赤く染まり、地面から大小様々な蟻地獄が発生し、モンスターが湧いてきた。


 第二ラウンドの開始である。


 地面に蟻地獄が生まれる度、地の上位精霊ベヒモスが、アントライオンごと踏み潰し、プレスしていく。


 ふははははっ!

 圧倒的ではないかっ!

 でも、止めて。ベヒモスだけは動かないで!

 俺、乗ってるからっ!


 そんな俺の心の声が届いたのか、ベヒモスは参戦を止めてくれた。

 流石は俺のエレメンタル。これが本当の以心伝心か。


 ベヒモスからずり落ちそうになっている『ああああ』を尻目に『人をダメにするクッション』に寄り掛かりながら小説の二巻を取り出すと、再度、モンスター達の断末魔をBGMに小説を読み始めた。


 途中、『ああああ』がベヒモスから落ちそうになるのを助けながら、もう二、三回、『モンスターリスポーン』『ボスモンスターリスポーン』を使用し、小説を読んでいると、エレメンタル達の攻撃が止み、目の端で地面が元の色を取り戻していくのを捉えた。


「終わったかな?」


 ステータスを確認すると、レベルが二百を超えていた。

 ミッションコンプリートだ。


『ああああ』に視線を向けると、奴はイビキをかいて寝ていた。

 中々、図太い奴である。


『人をダメにするクッション』をアイテムストレージにしまい、『ああああ』を起こす為、ベヒモスの背から蹴り落とすと、「ふぐえっ!?」とぐもった声が聞こえてくる。どうやら起きてくれたようだ。


 落下の衝撃はあったかもしれないけど、大したダメージは入っていないはず。

 ベヒモスの背から落として、ぐもった声を上げる程度ならレベルもかなり上がった筈だ。


「さてと……」


 あとは、俺がこのドロップアイテムを回収するだけ。


「……ベヒモス。念の為、こいつを護っていてくれ」


 そう話しかけると、ベヒモスは頷いた。

 風の上位精霊ジンに手伝ってもらい、ベヒモスの背中から降りると、地面に散らばっているドロップアイテムを回収していく。


「おっ! 上級回復薬に、これは回数制限付きのムーブ・ユグドラシル! 結構、良い物落ちてんじゃん!」


 一時間かけてドロップアイテムを回収した俺は、レベルを確認する為、『ああああ』の拘束を解いた。もちろん、エレメンタル達には元の姿(光る玉形態)に戻って貰っている。


 ガムテープを剥がし、拘束を解いてやると、開口一番、『ああああ』が怯えた表情を浮かべる。


「さ、さっきから何をやってんのっ!?」

「えっ? 何って、お前のパワーレベリングだけど?」

「パ、パワーレベリングッ!? じ、じゃあ、あの悲鳴は……」

「悲鳴? モンスターの断末魔のことか? いいBGMだったろ。お前、イビキかきながらぐっすり眠っていたもんな」

「いや、気絶してたんだよっ!」


 なるほど、あれは気絶だったようだ。

 全然気付かなかった。

 まあ、『ああああ』が気絶しようが何しようが、そんな事はどうでもいい。


「……そっか。まあ、それはどうでもいいんだけど、お前の今のレベル教えてくれない? かなり上がったと思うんだよね」

「レ、レベル?」


『ああああ』はステータスを確認すると、目を丸くして二度見する。


「それで、何レベルになったんだ?」


 そう尋ねると『ああああ』はボソリと呟く。


「ひ、百五十四……」

「百五十四レベルか……。上級ダンジョンの推奨レベルまで上がったけど、もう少しレベルを上げときたいな……」


 推奨レベルはあくまで推奨。

 この位までレベルを上げておけば、ある程度楽に攻略できますよという目安だ。


 そう口に出した瞬間『ああああ』が首を横に振りながら後退った。


「…………」


 どうやらパワーレベリングの方法がお気に召さなかったらしい。

 タダでパワーレベリングしてやっているというのに贅沢な奴だ。


 まあいい。

 レベルが百五十四で『命名神シリーズ』の呪いの装備を身に着けていれば、余程の事がない限り問題なくモンスターを屠れる。


「よし。それじゃあ、今度はお前一人でモンスターを倒してみろ。いくぞ」

「い、行くぞって、どこに……」

「どこにもいかねーよ。お前はここでモンスターと戦うんだ。とりあえず、ボスモンスターは出さないでおいてやるから頑張れよ」


 そう言って、アイテムストレージに入っている課金アイテム『モンスターリスポーン』を選択すると、『使用する』をタップする。

 すると、俺を起点として地面が円形に赤く染まり、地面から大小様々な蟻地獄が発生し、モンスターが湧いてきた。


「それじゃあ、俺は見学しているから、後は頼んだ。まあ、ヤバそうになったら助けてやるから、安心して戦えよ」

「あ、あわわわわっ……」


 座り込み震える『ああああ』にそう投げかけると、俺はモンスターリスポーンの範囲外に移動する。


「ああ、忘れてた。今お前が付けている『命名神シリーズ』は二十六分三十秒ごとに、二分三十四秒のクールタイムがあるから、時間配分には気を付けろよ。モンスターリスポーンの効果は一時間続くから! それじゃあ、頑張って!」

「カ、カケルくぅぅぅん!」


 そう突き放すと、『ああああ』は絶叫を上げた。

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