第83話 その頃、アメイジング・コーポレーションでは……

 ここはアメイジング・コーポレーションの会議室。

 会議室では、全国の支店営業所から集まった支店営業所長が不安げな表情を浮かべ、パイプ椅子に座っていた。

 何故、不安げな表情を浮かべ座っているのか。

 それは、各支所長の目の前に置かれた念書にある。


「皆様、本日はお集まり頂きありがとうございます。それでは、これより昨日発覚致しました支店営業所長による協力企業への資金流用につきまして、これから事実確認を……」


 そう石田管理本部長が話を進めようとすると、西木社長が待ったをかけてくる。


「ちょっと待てよ。君ね。今の説明は問題だよ。昨日、経理部長に出させた資金の流用先は間違いなく協力業者だった。事実確認は済んでるじゃないか。彼等はね。ボクの……会社判断を一方的に無視し、自分の判断で勝手に会社の金を社外に流出させたんだ。ボクはね。こんな事になっているなんて知らなかったぞ? もしかして、バレないと思っていたんじゃないか? 毎月この位であれば、ボクにバレないだろう。この位なら問題ないだろう。冗談じゃないよっ! 君達の職務怠慢が招いた損害金額はね十億円だよ。十億円っ! 十億円もの大金を社外流出させたんだ。これはね。重犯罪だよ。とんでもない背任行為だよ! 本当はね。君達の事を警察に突き出して、民事訴訟を起こそうと思ったけど、石田君がね。『社長、流石にそれは……』というから、仕方がなく……」


「西木社長。すいません。時間が限られておりますので手短に……」


 あと、できれば捏造は止めて下さい。

 社長が言った様な事を言った覚えはありません。


 議事の進行を優先させる為、西木社長の言葉を遮ると、西木社長は顔を真っ赤にして怒り出す。


「なんだ君はっ! まだボクが話をしている途中じゃないか。管理本部長如きが代表取締役であるボクの話を遮るなんてね。言語道断だよ! ……まあ石田君が余計な口を挟むから話がそれてしまったがね。何故、君達をここに呼んだかといえば。君達はこの件が発覚しないと本当に思ったのかという事を直接聞くためだ。どうなんだね。えっ?」


 すると、支所長の一人が「そんな事はありません」と余計な一言を言う。

 それに目ざとく反応した西木社長は、発言した支所長に顔を向けた。


「ん? おかしいじゃないか。『発覚しないと本当に思ったのか』という問いに対して『そんな事はありません』? つまりなんだね。君はいつか発覚するとわかっていて、この五年間黙っていたと、そういう事か? 発覚しちゃまずいと思っているのに黙っていたと、そういう事なのか?」

「い、いえ、そういう訳では……」


西木社長の言葉に慌てふためく支店長。

咄嗟に言い訳を並べ様とするも言い訳が思い付かず言い淀んでしまう。


「じゃあ、どうなんだよ。実際にそうだったじゃないか。君達はボクが気付くまでの五年間その事を報告しようとすらしなかった。そうだろ? 発覚せず辞める事ができれば追及されないと、万々歳だと、そう思っていたんだろ?」

「い、いえ、そういう訳では……」


 支所長がそう言った所で、西木社長は鼻を鳴らす。


「ふん。言い訳一つまともにできないのか……」

「…………」


 遂には黙り込んでしまう支所長に西木社長は追い打ちをかける。


「まったく冗談じゃないよ。だからね。今日、君達には、念書を書いてもらう事にしたから。君達は経営者であるボクに内密で……自らの判断で会社の大切な資金を社外に流出していましたと、その事を認める念書に押印してもらうから。まあ、いないとは思うけど。もし、判子を忘れたとそういう人がいたら教えてくれ。別に念書に押すのは判子じゃなくてもいいから。血判でもまったく問題ないから」


 その言葉に、支所長が苦い表情を浮かべた。

 念書を書かされる事はこれまで何度もあった。

 しかし、この念書はこれまでの念書とは、趣があまりにも異なり過ぎる。


「えー、社長からの話は以上となります。それでは、テーブルに置かれた念書に押印して頂き、こちらに提出頂いた方から順次退出して下さい」


 私がそう話を引き継ぐと、支店営業所長は渋々、念書に押印していく。

 

 それにしても、態々、念書を書かせるためだけに数百万円もの交通費をかけて全国から支所長を集めるとは、流石は西木社長である。


 今時、念書に何の意味があるかも、それに法的拘束力があるかもわからないというのに……。

 ちなみに念書に書かれている内容は三点。


 自分の勝手な判断で会社資金を社外に流出させた事。

 今後一切、経営者の方針・判断に逆らわない事。

 そして、それに対して不服申し立てをしない事。


 ついでに今期の営業目標の確実な達成を誓わせ、念書を作成した支所長から帰していく。

 こういう無駄な事を金をかけてやらせる才能は天下一品である。

 正直、経営者としての資質より、そういった無駄な事を、さも必要であるかのようにやらせる詐欺師的な資質の方があるのではないだろうか?


 全支所長から念書を回収し、会議室が出て行くのを見送ると、西木社長が怒り心頭のまま立ち上がる。


「それじゃあ、ボクは部屋に戻っているから、午後からは和歌山工場の工場長、名をなんと言ったかな……」

「富田です」

「そう。富田だったな。工場単体で会社に十億円もの損害を出したどうしようもない奴だ。午後からは富田から話を聞くから、君も一緒に立ち合えよ」

「は、はい……」


 正直言って、もうお腹一杯だ。

 西木社長には、ああ言われたが立ち合いたくない。


 現在、うちの会社が抱えている問題は四つ。


 一つ目は、元経理部員である高橋翔の労務裁判。

 西木社長直々に激励を頂いている為、敗訴がほぼ確定しているとはいえ、負ける事ができないというなんとも難しい問題である。


 二つ目は、崩壊の一途を辿る経理部・営業部問題。

 弊社は腐っても上場企業。当然、経理部なくして月次決算業務は回らない。

 とりあえず、パッチワーク人事で新しい経理部長を据えたものの、経理部員が集まらなくては同様の事だ。

 それに経理部はこれから決算業務がある。

 決算書の作成や税務会計、法人税等の納付、監査法人対応……。

 これらはすべて経理部の仕事である。

 新任の経理部長一人と、急揃えした派遣社員二名では明らかにオーバーワーク。

 新たなるパッチワーク人事を組まなければ、早晩崩壊の一途を辿るだろう。


 それは営業部も同じ事。営業部長二名が辞職してからというものの、毎週のように退職願がデスクに届く。その度に、引き止め交渉を持つが、退職願を出された時点で時すでに遅し、ほぼ百パーセントの確率でこの会社を去っていく営業マンが続出している。このままでは、管理職ばかり多く、営業職の少ない訳の分からない会社の出来上がりだ。営業マンがいなくなれば、会社は利益を上げる事ができず終わってしまう。これも頭の痛い問題だ。


 三つ目は、各支店営業所長による勝手な資金流用問題。

 営業経費削減(という名の役員報酬増)という会社(社長)判断に従わず、この数年で約十億円もの大金を支店営業所長の判断で協力業者に流用し、働かせていた問題だ。

 まあ、これに関しては、各支店営業所長に念書を書かせ、二度と会社方針に背かぬ様、釘を刺す事で終わりにした。とはいえ、これも一時しのぎにしかならない。

 なにより、厳しい締め付けをした事で反発も予想される。もしかしたら、全支店営業所で退職願の嵐が吹き荒れるかも知れない。

 これについては注意深く事の推移を見ていく必要があるだろう。


 そして最後に四つ目。

 和歌山工場で起こった棚卸資産の架空計上問題。

 正直、これが一番頭が痛い問題だ。

 事の発端は数年前、西木社長が売れると判断した製品を会社判断で大量生産。そのすべてが工場に在庫として残された結果、製品が錆びて売り物にならなくなってしまった。

 その事を報告しようにも、製造を命じた張本人である西木社長にそんな事は言えない。つまり、社長が怖くて報告を後回しにし続けた結果、一番、問題が起きてほしくないタイミングで架空計上問題が浮き出てきた形だ。

 しかも、その架空計上額は約十億円。

 この五年間、どうやって隠していたのかと思いきや、棚卸終了直前に架空の棚札を切る事で乗り切っていたらしい(電話での事前調査で確認済)。


 金額が金額なだけに、弊社の決算書類を監査する監査法人に伝えざる負えない。

 不正会計の影響は大きい。

 株価の下落に企業価値の毀損、最悪のケースでは上場廃止に株主代表訴訟の可能性も有り得る。

 現に経理部は回っておらず、監査法人対応できるかも怪しい。


 昨日、西木社長と鰻を食べに行った際、口にしていた事だが、西木社長としては、今回の件を公にする事に対して、なんとも思っていないらしい。

 なんでも、この一件は、社員が勝手に行った事で西木社長が行った不祥事でない。むしろ自分は被害者であると、そう語っていた。しかし、私はそう思わない。


 元の発端は、経営者である西木社長のパワハラだし、こうして念書という名の証拠を数多く残してしまっている。

 そもそも、会社役員が不正に関与していない場合でも、不正・不祥事が行われる事を知り得べき立場にあるにもかかわらず、何ら対策をとらず監視監督を怠った責任や内部統制システムの構築を怠っていた事の責任を問われる可能性もある。

 もしかしたら、東京証券取引所や金融庁が出張ってくる可能性すらある。

 いや、それが濃厚だ。

 何故なら、決算短信も有価証券報告書もそこに対して提出しているのだから……。

 経営者として認識があまりにも甘すぎる。


 そして私にとっては重い……。あまりに重すぎる問題だ。

 流石の私もキャパオーバー。こんな事なら管理本部長になるんじゃなかった。

 あまりのストレスに尿酸値がぐんぐん上昇していくのがわかる。


 ……いや、そんな事を考えていても仕方がない。


 私は念書の束を片付けると、自分のデスクへと戻っていく。

 途中、西木社長の部屋を通り過ぎると、部屋の中で何かを叩き付ける音が聞こえてきた。

 おそらく、念書会議前に置いておいた和歌山工場の棚卸資産架空計上問題の事前調査資料。それを地面に叩き付けた音だろう。


 お願いだからこれ以上、私のストレス値を上げないでほしい。

 尿酸値も痛風もあまりのストレスに天元突破しそうな勢いだ。


 念書をデスクの脇に片付けると同時に正午を告げるベルが鳴る。

 和歌山工場の工場長を問い詰めなければならなくなる時間まであと一時間。

 私はアメージング・コーポレーションの未来に頭を悩ませた。

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