第372話 狡知神の願いの叶え方
神とは非常に身勝手な存在だ。
それは、ヘルとの飲み比べの時、強く実感した。
俺の目の前に立つロキの表情に感情の色はない。
『――とりあえず、死なない程度に殺すから、霜の巨人をアイテムストレージから解放したくなったら遠慮なく言ってね?』
最早、言うこと成すことすべてが物騒。
死なない程度に殺すという言葉の意味がわからない。
――パァン!!
ロキがそう通告した直後、目の前に衝撃が走る。
高橋翔の前に出るヘル。
『――あれ? 何で、君がボクの邪魔をするの?』
不思議そうな視線をヘルに向けるロキ。
ヘルはというと、冷や汗を流しながらロキの拳を受け止めていた。
『くそっ、飲み比べに負けていなければこんな事っ……! しかし、母にこの事を知られる訳には……』
俺を守った筈のヘルが小声で呟く。
どうやらヘルは飲み比べに負け、俺のボディガード代わりになっている事をロキに知られたくないらしい。
実に好都合だ。
『――なに、こいつには、願いを三つ叶えてやると約束しておるのでな。まだこいつに死なれては困るのだよ』
つまり今、ヘルが言った言葉はこの場を乗り切るための方便。プライドを傷付けないための自分にとっての優しい嘘。
言葉巧みに誤魔化すと、ロキは諭す様に言う。
『――君は律儀だね。ボクの子とは思えないほどの律義さだ。確かに、他人と結んだ約束は大切だよ。でもね、それはこのボクを敵に回して守るほど重要な約束なのかな?』
ぶっちゃけ俺の事など守りたくもないだろうに……。ただ飲み比べに負けて付き従っている事を知られたくないだけだ。
『……ああ、大切だ』
色んな物を飲み込みそう言ったヘルに心の中で拍手喝采を送っていると、ロキはため息を吐く。
『ふぅん。そう……。なら、仕方がないね』
あれ、これどうにかなったのか?
ヘルがそんな事を考えていると、ロキは空に視線を向ける。
『……高橋翔君。仮にも神であるヘルを抱き込むなんてやるじゃないか。でも、これじゃあボクの気持ちが収まらない。代わりに君の世界を潰させて貰うよ。ボクの言う事を聞かないと言う事がどういう意味を持つのか教えてあげる』
「な、何を言って……」
ロキが手を翳すと、宇宙から見た地球の様な光景が雲に映る。
猛烈に嫌な予感を感じ取った俺はヘルに向かって声を上げた。
「ヘル! あいつを止めろォォォォ!!」
ヘルが叶えてくれる願いは三つ。
残り一つの願いを使い、そう叫ぶとヘルはロキを止めるべく立ち塞がる。
『母よ。申し訳ないが、止めさせて貰うぞ……』
そんなヘルを見て、ロキは肩を竦めた。
その瞬間、雲に映っていた地球の光景が霧散する。
『はー、やだやだ。冗談だよ。今、彼の住む世界とこの世界は繋がっている。壊す訳ないじゃないか。……でも、これで一つ願いがなくなったね?』
ロキの言葉を聞き、俺は唖然とした表情を浮かべる。
こ、こいつ、地球を人質に俺を脅してきやがった。しかも、俺がヘルのお願いを使う事を計算しての脅し……。
しかし、今のでロキの狙いがわかった。
『お願いはあと二つ。使い切れば、ヘルは介入できなくなる』
そう。こいつの狙いはヘルへのお願いを使い切らせる事にある。
ロキにとってヘルは自分の子供に当たる。
母として子とは戦いたくないのだろう。
ならば、こっちはその勘違いを利用させてもらう。
ヘルのお願いは今ので使い切った。
その為、ヘルに新たなお願いする事は不可能。しかし、ヘルは俺についたままだ。
それは、第一のお願いでヘルと同等の力を望み、第二のお願いでボディガードになる事を願ったからに他ならない。
飲み比べに負け、俺のボディガードになっている事を言葉巧みに誤魔化す位だ。
ロキにその事を知られたくないのだろう。
「……ロキ。知っての通り、俺にはあと二回、ヘルにお願いをする権利を持っている」
そう言うと、ヘルはそっぽ向く。
そっちの方がヘルにとって都合がいいのだろう。
ロキはというと、淡々とした表情で俺を見ていた。
『――うん。そうだね』
それがどうしたと言わんばかりの面持ちで相槌を打つロキに、俺はハッタリをかます。
「次の願いで、俺はヘルにお前を殺すよう命じるつもりだ」
『止めろ』『倒せ』といった曖昧な言い回しはロキに通用しない。
だから、直接的な言葉でそう伝える。
すると、ロキはピクリと眉を動かし『……なるほど』と呟いた。
『それを敢えてそれを言葉にするという事は君はボクと交渉したいのかな?』
まったくもってその通りだ。
俺は心の中でホッとした表情を浮かべる。
「それは条件次第だ……」
まさか、一瞬で狙いが看破されると思わなかった。
しかし、まだ交渉は始まったばかり。
『そう。それなら交渉内容を聞かせてもらおうか』
周囲の空気がピリピリする。
ヘルにロキを殺せ。そうお願いする事を示唆したのが許せないのか、ロキから怒りの波動が伝わってくる。
「それじゃあ、一つだけ……。あんたが欲しい物を俺が霜の巨人の代わりに用意する。だから霜の巨人の解放を諦めろ」
霜の巨人は俺に怨みを抱いている。
ロキが霜の巨人のバックに付いている以上、ここで開放すれば面倒事が起こるのは必至。
だからこそ、霜の巨人の優位性を今ここで潰しておく。
霜の巨人はこの世界の食の娯楽を提供していたとロキは言っていた。
なら、俺が霜の巨人に代わり食の娯楽を提供してやればいい。
そう言うと、ロキは俺の目をジッと見る。
『――君にペロペロザウルスの卵の提供ができるのか?』
「ペロペロザウルスの卵? ああ、勿論。そんなんで良ければ簡単にできるぜ」
何せ、ゲスクズ領の特産がペロペロザウルスの卵だった。
今、俺はその飼育を丘の巨人達に任せている。
すると、ロキが表情を変える。
『へえ、そう……。それならいい。毎月一度、ボクにペロペロザウルスの卵を千個、納めてくれ』
え、それだけでいいの?
もっと厳しい条件を突き付けてくると想定していただけに拍子抜けだ。
ペロペロザウルスの卵は、旧ゲスクズ領の隣にある領地で生産している。
月に千個程度であれば楽勝。
しかし、その事がわかれば、ロキはより多くの卵を求めてくるだろう。
「ああ、わかった」
楽勝過ぎて顔がニヤケそうになるが、何とかそれを乗り切りそう言うと、ロキは無表情のままパチンと手を鳴らす。
『契約成立。言っておくけど、神であるボクとの契約は絶対だ。破れば神罰が下るから覚悟しておくんだね』
「オーケー。わかったよ」
俺としても神とやり合うのは御免だ。
できる限り関わり合いたくない。
すると、契約成立で気を良くしたのかロキが話しかけてくる。
『それで、君はボクに何を望む?』
「へ?」
意味が分からずそう呟くと、ヘルがロキの言葉を補足する。
『霜の巨人は母へ供物を捧げる代わりに、丘の巨人を従えるだけの力を得ていた。ペロペロザウルスの卵を捧げる対価としてお前は何を望むのか。そう母は言っている』
「えっ? それって、何でも願いを聞いてくれるってこと?」
てっきりショバ代を要求されているのかと思っていた。まさか見返りがあるとは……。
『ああ、何でもいい。君の願いを一つだけ叶えよう』
一つの願いと引き換えに毎月一千個ものペロペロザウルスの卵を生涯に渡って引き渡さなければならないのだ。
何を願うかが重要。
「うーん……」
飲み比べで俺に負けたヘルと違い、ロキに冗談は通じなさそうだ。
「その願いを三つに増やしてくれ」
控え目にそう要求すると、ロキは眉をピクリと動かす。
『……いいよ。ただし、次から願いを増やすといった類の願いは禁止する。それで、君はボクに何を願う?』
俺はすんなり要求が通った事に驚き瞼を瞬かせる。
「マジか……」
ヘルの時は通らなかったのに、中々、豪気な神である。しかし、しまったな。こんな事になるなら願いを千回に増やしてくれと言っておけばよかった。
ほんの少しだけ……。いや、かなり深く後悔していると、ロキは畳み掛けるように願いを言えと催促してくる。
『さあ、早く。ボクにできることならなんでも構わないよ』
「それじゃあ、一旦保留で……」
俺にはヘルが付いている。
今の所、願いたい願いがない。
すると、ロキは首を横に振る。
『駄目だ。最低でも一つは願いを言って貰うよ。それが契約を結ぶ最低条件だからね』
初耳の最低条件である。
しかし、契約を盾にするのであれば仕方がない。
「わかった。それじゃあ、新しい世界を解放してくれ」
始まりの世界『ミズガルズ』、次の世界はダークエルフとドワーフの住む『スヴァルトアールヴヘイム』、その際、向かう事となったヘルの支配する世界『ヘルヘイム』、そしてこの世界『ヨトゥンヘイム』。
九つある世界の内、解放されている世界はたった四つだけだ。
俺は新しい世界を解放する度に、莫大な金を手にしてきた。先駆者利益という奴だ。
新しい世界の解放を願うと、ロキは深い笑みを浮かべる。
『それは正しく神にしか叶える事のできない願いだね。少し意地悪な願いだけど問題ない。オーディンの住む世界以外のすべての世界を解放しよう』
「へっ?」
思わずそう呟くと、ヘルは唖然とした表情を浮かべる。
『――は、母よ。その様な事をしてよろしいのですか?』
『うん。問題ない。これはボクに与えられた権利だからね。それに願いは絶対だ。自分にできる願いであれば最大限叶えるのが神の役割だよ』
『…………』
何やらヘルも絶句している。
どうやらこれはヘルに取って、想定外の出来事だったらしい。
しかし、俺にとっては好都合。
『ほら、オーディンの住む世界以外のすべてを解放したよ』
早速、ムーブ・ユグドラシルの機能を使うと、確かにオーディンの住む世界以外のすべての世界が解放されたことが確認できた。
「ありが……」
ありがとう。そうお礼を言おうとすると、ロキが意味深なことを言う。
『――礼はいらないよ。ボクはただこの世界に住む者全員が新き世界にチャレンジできるようチャンスを与えたに過ぎないからね』
その言葉を聞き、俺は目を瞬かせる。
「この世界に住む者全員?」
聞き間違いかもしれない。
そう尋ねると、ロキは深い笑みを浮かべる。
『ああ、そうさ。誰であってもチャンスを享受できるようレベル制限もなくした。そして、一度解放した世界を閉じる事は神であるボクにも不可能。その権限を与えられていないのだから当然だよね』
「え、えっと、つまりそれは……」
『この世界に住む者が全員が新しき世界にチャレンジできるようにしたという事は、これまで君がしていた様な行いを他の世界の住人がする可能性があるという事だ。混沌としてきたね……。君の願いを聞き入れて本当に良かったよ』
その言葉を聞き、俺は絶句した。
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