第373話 神の啓示

 ま、待て、待て、待て、待て……!

 これまで、新しい世界に転移する為には、ムーブ・ユグドラシルと、その世界に見合ったレベルが必要だった。そのレベル制限を撤廃しただと? そんな事をすれば……。


『――そうだね。双方向で誰でも世界間転移できるようになったんだ。もしかしたら侵略戦争が起きるかも知れない』


 まるで俺の心を読んだかのような事をロキが言う。


「簡単に言ってくれるな……」


 そう。例えば、レベルの高いダークエルフやドワーフの住む世界『スヴァルトアールヴヘイム』の住人が『ミズガルズ』に侵略戦争を仕掛ける可能性もある訳だ。

 当然、その逆も然り。

 相対的にレベルの低い『ミズガルズ』の住人が実力差も分からず『スヴァルトアールヴヘイム』に侵略戦争を仕掛ける可能性もある。


 え? 俺も同じ事をしてきたじゃないかって?

 俺は別だ。別に侵略戦争を仕掛けたつもりなんて毛頭ない。

 観光気分で行ったら喧嘩を売られたので買っただけだ。

 何なら喧嘩を売られる前までは友好関係を築こうと努力していた。

 それをぶち壊しにしたのは寧ろ向こう側である。

 そもそも、俺は下手に出てまで友好関係を築きたいと思わない。

 まあ、あるとすれば、勿体ない精神だけだ。

 奴隷にされそうになったり、喧嘩を売られたので買ってぶちのめし、逆に奴隷にした。

 ただそれだけでは勿体ないので働かせている。ただそれだけの話である。

 いや、話がだいぶ逸れたな。話を元に戻そう。

 問題はムーブ・ユグドラシルなしで世界間転移可能であるという点である。


『言っておくけど、原則的に世界間転移を制限するのは不可能だよ。悪い事は言わない。諦めるんだね』

「くっ……」


 なんて性格の悪い奴だ。こんな性格の悪い奴初めて見た。

 このままでは、俺の既得権益が侵される可能性がある。

 しかし、こいつが説得に応じるとは思えない。


「……わかったよ」


 嫌々ではあるが仕方がない。

 例え、相手が誰であろうと関係ない。

 俺は俺に対して理不尽な喧嘩を吹っ掛けてきた相手を配下に置く事で財を成してきた男。折角、手に入れた既得権益を知りもしない侵略者にくれてやる気は毛頭ない。

 むしろここは、先にその情報を知る事ができて良かったと喜ぶべきだ。

 そう自分に言い聞かせると、俺はロキにお礼を言う。


「取り合えず、ありがとうと言っておこうかな」


 考え方を変えてみれば、新しい世界の開放条件を満たさなくても行き来できるようになった事は悪い事ではない。

 丁度、暇になったばかりだ。

 都知事選もすぐには行われないだろう。

 ムーブ・ユグドラシルで開放された世界の適正レベルを確認すると、俺は次行く世界に目星を付けていく。


 ふと、顔を上げると、俺にお礼を言われたロキが目を丸くして驚いた様な表情を浮かべていた。


『へえ、まさかお礼を言われるとは思いもしなかったよ』


 どうやらお礼を言われる様な行いをしているとは思っても見なかったらしい。

 まったくもってその通りである。

 俺としては、お礼を言ったつもりはない。

 ただの皮肉である。


 しかし、こういう輩には、こういった対応が意外と効果的だ。

 嫌な事をされたら、内心でボロッカスに言い罵りながらボコボコに殴り泣き叫ぶ姿を想像し、それをおくびに出さぬよう笑顔で、ありがとうと言ってやる。

 これが弱者の作法というもの。

 もし調子に乗って馬鹿な事をしてきたら窮鼠猫を噛むを実際にやってやればいい。それこそ命懸けでな。

 相手の方が上なので、運が悪ければ死ぬが、少なくとも相手には死ぬほど嫌な思いをさせてやる事ができる。

 少なくとも、もう二度と関わり合いになりたくないと思わせる程度には……。


 そんな事を考えている俺を見て、ロキは意味深な微笑みを浮かべる。


『君がこの世界にどんな混沌を生み出すのか楽しみにするとしよう。ああ、ペロペロザウルスの卵の件は忘れないようにね?』

「ああ、そっちこそ、あと二つ願いを叶えてくれる事を忘れるなよ」


 そう言うと、ロキはヘルに視線を向ける。


『もちろん。叶える願いが決まったらそこにいるヘルに伝えるといい。ボクの望みは既に達しているからね。定期的に卵が手に入るなら、これ以上の邪魔はしないさ。ヘル、君も酒の飲み過ぎには気を付けるんだよ。そんなんだから、格下の人間に一杯喰わされる事になる』


 ロキの言葉を聞き、ヘルはギョッとした表情を浮かべる。

 どうやら、ロキは俺との飲み比べでヘルが負けた事を知っていたらしい。

 うん? となると、疑問が残る。

 ヘルが俺との飲み比べで負けた事を知っている位だ。当然、願いがあと一つしか残されていない事も知っていた筈。

 ロキは望みは達したと言っていたが、一つ目と二つ目の願いの性質上、ヘルが俺の守護から離れる事は不可能。

 願いを使い切らせる事でどんな望みを達したというのだろうか。


 頭に疑問符を浮かべ考え込んでいると、まるで俺の心を見透かしたかの様にロキは言う。


『ヘルは唯一、九つの世界すべてにアクセスする権限を持った神だ。当然、任意の者をオーディンの住むアースガルズに送り込む事もできる。もし君がその事に気付き、アースガルズに連れて行くよう願っていれば、この世界に閉じ込められた人々を解放できたかも知れないのに残念だったね』

「……っ!」


 まさかそんな裏技紛いの方法があるとは思いもしなかった。

 だが、まあいい。

 どうやらロキは勘違いしている様だが、俺はそんな殊勝な人間ではない。

 誰が好き好んで危険を侵しそんな事するか。

 すべては自分の為にやった事。

 機会があれば、ついでに助けてやってもいいが、助ける為に主体的動く気はサラサラない。


 寧ろ、アースガルズ以外の世界間転移が解放されたからには、レベル上げをするなり徒党を組むなりして攻略に励み、自力でアースガルズを目指して欲しい位だ。

 正直、人に頼るのはどうかと思う。


「そうだな。とても残念だ」


 別に強がりでも何でもない。

 本心からそう言うと、ロキは楽し気に笑い、宙に浮かび上がる。


『ふはっ! そうだ。そうだったね。君はそういう奴だったよ。いいだろう。ヘルの願いを使わせてしまったお詫びに一つだけいい事を教えてあげるよ。局面は既に終盤に差し掛かっている。君の住む世界でもこちら側の世界でもミズガルズ聖国に注意を払うといい』

「ミズガルズ聖国?」


 そういえば、ピンハネはミズガルズ聖国出身だった。

 現実世界に送り込まれた者の内、素性がわかっているのは、俺、美琴、ピンハネの三人……。確かに、ミズガルズ聖国の枠が一つ余っている。

 現実世界とゲーム世界の両方でミズガルズ聖国に注意を払えと、俺に願いを無駄撃ちさせたロキが言う事は、次の敵もミズガルズ聖国関係者であるという事だろうか?


『うん。その通りだよ。君は力を持ち過ぎた。最早、常人では君の相手にもならないだろう。だから、力を持った者を選定させて貰ったよ。ボクが望むのは混沌……。君がどんな混沌を見せてくれるのか楽しみにしているよ。ああ、それと、ペロペロザウルスの卵は、毎月ボクが選びにくるから、用意ができたら連絡してね』


 頭の中にピコンと音がする。

 メニューバーを確認すると、アドレス帳にロキの連絡先が追加されていた。


『それじゃあ、ボクはもう行くね』


 そう言うと、ロキは空の彼方へと消えていく。

 混沌を望むロキから知らされた強大な敵の出現に、俺はただただ絶句した。


 ◆◆◆


「――ほう。面白い事になってきたではないか」


 突然、頭に響いてきた吉報。

 ミズガルズ聖国、教皇の息子にして、自身を神に選ばれた存在であると過信する男。セイヤ・ミズガルズは、神々の住む地、アースガルズ以外の世界が解放された事を知り笑みを浮かべる。


「しかし、これは神の啓示か?」


 セイヤの目の前には、二人の男が横たわっていた。

 肩章には、リージョン帝国の紋章が描かれている。

 セイヤと同じ、神に世界を渡る権利を授けられた六人の内の二人である事は明白だ。


「仁海とかいう老猿の後ろ盾共がどんな生活を送っているのか確認するついでに立ち寄ってみたが、中々、良い拾い物をしたな」


 ここは、仁海の支援者が運営する仁海の事務所。

 どうやら仁海の奴は、秘密裏に私達のいた世界からの訪問者達を捕らえる事に成功していたらしい。

 そういえば、この近くに仁海の事務所があったなと思い返して来てみれば、想定外の収穫だ。

 事務所を少し探れば、契約書の副本が保管してあるキャビネットを見付けた。

 どうやら、私がお試しで渡した契約書をこの二人に使用した様だ。

 契約書には、仁海に対して嘘を付かない事、絶対服従の項目が盛り込まれている。

 サインがまるでミミズの様な文字となっている事から無理やり契約させた事が伺える。


「おい。凡愚……」


 事務所を管理していた男を足蹴にそう声をかけると、凡愚と呼ばれた男は、苦悶の表情を浮かべる。


「うっ、ぐっ……」


 セイヤは仁海の事務所に入ってすぐ、影の上位精霊・スカジの力と闇の上位精霊・ディアボロスの力を使い、外界から事務所を隔離した。

 その上で事務所内に足を踏み入れ、中にいた人間を制圧し、今に至る。


「……凡愚よ。返事は『はい』だ。そんな事もわからないのか? 言ってみろ」

「……!?」


 凡愚と呼ばれた男は、仁海の事務所運営を任されている第三秘書。

 ゲーム世界からの来訪者とはいえ、仁海の客人に二人を監禁していた事がバレ、尋常じゃない冷や汗を流していた。


 まずい。まずい。まずい。まずい。まずい……!!

 仁海先生の客人と言うから油断した!

 まさか……。まさか、こんな凶行に走る男だったとは……!!


 凡愚と呼ばれた男は必死になって考えを巡らせる。


 この事務所には、口外する事のできない資料が大量に保管されている。

 もし万が一、それがこの男の手に渡れば仁海先生は……。仁海先生の政治生命はお終いだ。

 あの資料だけは……!

 あの資料だけは死守しなければ!!


 必死になって見当違いな事を考えていると、凡愚の頭に圧が掛かる。


「ぶべっ!?」


 足で頭を踏み付けられたと気付いたのは、それから数秒後、仰向けに倒され顔を中心に蹴りの嵐をくらった後だった。

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