第9話 レベルが初期化されていることに気付く

「それで、なんでカイルは冒険者協会で酒を煽っているんだ? 酒なんて飲んでもバッドステータスがつくだけだろ?」


 俺がそう忠告するとカイルが疑問符を浮かべる。


「うん? お前、もしかして、まだ気付いていないのか?」

「えっ?」


 一体何の事だ?


 そう口にしようとすると、カイルがビールジョッキを手渡してくる。


「おいおい、これがどうしたっていうんだ?」


 そう言うと、カイルは「いいから飲んでみろ」と呟く。


「飲んでみろって言われてもなぁ……」


 バッドステータスを付けたくないんだけど……。

 そんな事を思いながら、渋々、ビールジョッキに口を付けると、芳醇な麦の香りが口の中に広がった。


「!? ど、どうなってるんだ……このビール、味がするぞ!?」


 それだけじゃない。

 よく嗅いでみると匂いもする。


 大規模イベントか!

 あの大規模イベントで色々と仕様が変わったのか!?


「ああ、そうだよ。俺もこれを飲むまで信じられなかったぜ。だから言ったろ? あいつが言っていたように、この世界は現実になったんだよ」

「この世界が現実に? 何を言っているんだ?」


 そう言うとカイルは呆れたかのような表情を浮かべる。


「お前はまだ現実を受け入れる事ができていないみたいだな……あそこにいる奴を見てみろよ」


 カイルが指さす方向に視線を向ける。

 そこにはボロボロの姿となったプレイヤーの姿があった。


「ボロボロだな?」

「ああ、ボロボロだ。あいつはダンジョンの洗礼を受けたんだよ」

「ダンジョンの洗礼?」


 そんなクエストあっただろうか?


 カイルは真剣な表情を浮かべる。


「この世界が現実になったと同時に、色々な事が変わった。これを見てみろよ」


『冒険者の証』をアイテムストレージから取り出したカイルは、それを俺に見せつける。


「おいおい、相当酔ってんな。『冒険者の証』なんて見せていいのかよ」


『冒険者の証』には、ステータス情報が表示されている。相手のステータス情報を知るのはマナー違反だ。


「いいんだよ。見てみろ」

「まあいいけどよ」


 カイルの冒険者の証を受け取ると、メニューバーに表示されている『調べる』をタップした。


「な、なんだこれっ?」


 そこには、初期化されレベルが1になったカイルのステータス情報が表示されていた。


「おいおい、これは一体どうなっているんだ?」

「知らねーよ。気付いたらこうなっていたんだ。大規模イベント以降、ユグドラシルショップは無くなるし、モンスターはリアルになるし、おまけにレベルは1に初期化されちまった。呑まなきゃやってられねーよ」


 そう言うとカイルはビールジョッキを飲み干し、手を上げウェイターを呼ぶとビールのお代わりを注文する。


「……ひっく。ああ、ウエイターさん。ビールをもう一杯」

「はい。ビールですね。少々、お待ち下さい」


 そう言うと、ウエイターは注文票にメモを取り厨房へと向かっていく。


 今のやり取りを見て固まっていると、カイルが不思議そうな表情を浮かべた。


「あ? おい、どうした。なんで固まってんだよ」

「い、いや……そりゃあ固まるだろ。ウエイターが決められたセリフ以外の言葉を言ったんだぞ」

「ああ、そんな事か……俺も最初は驚いたが、世界が現実になったんだ。これ位、普通の事だろ、それよりもお前、ステータスを確認してみろよ。その調子じゃ、碌に確認してないだろ」

「あ、ああ、そうだな」


 レベルがカンストしてからというものの、ステータスなんて確認していなかった。


 メニューバーからステータスをタップする。

 すると、俺のステータス情報が表示された。


「な、なんだこれっ!?」


 ステータスを確認してみると、カンストしていたレベルが5になっていた。


「レ、レベル5……」


 完全に初期化されている。

 愕然とした表情を浮かべていると、カイルは俺の前にメニュー表を渡してきた。


「……お前も呑むか?」

「……ああ、なんだか酔いたい気分になってきた。ウエイターさん。俺にもビールをジョッキで」


 手を挙げてウエイターにビールを注文する。


「はい。ビールですね。少々、お待ち下さい」


 そう言うと、ウエイターは注文票にメモを取り厨房へと向かっていった。


「……話は戻るが、大規模イベント終了後、街中の冒険者がダンジョンに向かった。さて、そいつらはどうなったと思う?」

「どうなったも何も……まさかっ!?」


 大規模イベント終了後、レベルが初期化された。

 そんな状態でダンジョンに挑めば……。


「ああ、その通りだ。初級ダンジョンに向かった奴はいい。モンスターのレベルも低いし、高性能な装備をしていれば、性能差で押し切れるからな。しかし、中級ダンジョンや上級ダンジョンに向かった奴は無理だ。大怪我を負い、中には死んだ奴もいる」

「……そうか」


 あ、危なかったっ!?

 俺、レベル1で初級ダンジョンのボスモンスターと対峙してたよ!?

 課金アイテムの『モブ・フェンリルスーツ』と『モブ・フェンリルバズーカ』がなければ終わっていた。


「ああ、だが、変わったのはそれだけじゃない。この世界が現実となった事により、現実世界と同じように攻撃を受ければ痛みが走る様になった。それにモンスターを倒してもドロップアイテムを残して消える訳じゃない。死体が残るだけで、素材回収は部位を切り取らないとできなくなった。考えて見れば、当たり前の事だ。そして、見ろ。あいつ等の姿を……」


 カイルはそう言うと、再度、ボロボロの姿となったプレイヤーに視線を向けた。


「……あいつは、DWの高ランクプレーヤー『ああああ』だ。現実世界では、自宅警備員として四十年間、親の脛を齧り続けていた古参プレイヤーの一人。ゲームだった頃のDWでは、攻撃を受けても痛みなんて感じなかったからな……。HPとMPのケージだけに気を付けて回復薬を飲んでいればなんとかなったが、今は違う」

「ああ、その通りだな……」


 攻撃されれば痛いし、痛ければ判断能力も鈍る。

 圧倒的なレベル差があれば、問題なかったかもしれないが、今はそれもリセットされてしまった。

 そもそも、現実となったこの世界でモンスターを倒すという事は、現実世界にあるセレンゲティ国立公園で剣を片手にバッファローやライオンと戦う事と同義。


 痛みがないならともかく、痛みを感じるようになった今、まともにモンスターと戦うなんてできる筈がない。


 でも、おかしいな……。

 俺の場合、痛みなんて感じなかった。

 モンスターを倒した時も、ちゃんとドロップ品が落ちるし、一体、どうなっているんだ?


 そんな事を考えていると、ビールジョッキを持ったウエイターが声をかけてくる。


「お待たせしました。ビール、ジョッキで二杯です」

「ああ、ありがとう。ほらよ」

「おっ、サンキュー!」


 ウエイターからビールを受け取った俺は、カイルと軽くジョッキを合せ、音を鳴らすと一気に飲み干した。


「くうぅ! 美味い! それにしても、まさかDW内でビールが飲める日が来るとは思わなかったな!」

「ああ、それは同感だ。そういえば、お前。もう宿は取ったのか?」

「あ? 宿??」


 そう呟くと、カイルは呆れた表情を浮かべた。


「……お、お前、まさか宿を取っていないのか?」

「ああ、だって、宿なんてとっても仕方がないだろ?」


 宿はHPを回復させる為だけに使う施設だ。

 初級回復薬もあるし、別に不要だと思うのだが……。


 俺の言葉にカイルが頭を抱え込む。


「仕方ない訳がないだろ……この世界は現実になったんだぞ? 睡眠はどこで取る気だ?」

「あっ……」


 言われてみれば、その通りだ。


 ――いや、でも俺の場合、ログアウトしてネットカフェで寝ればいいし……。


 チラリとカイルに視線を向ける。


 でも、そんな事、カイルに言える訳ないよなぁ。俺だけログアウトする事ができますなんて……。まあいいか。


「『あっ……』じゃねーよ。全く。これ飲み終わったら、さっさと、宿を確保してこい。PKのあるこの世界で野宿なんてしたら殺されちまうぞ?」

「そ、そうだな。気を付けるよ……あっ! でも、『マイルーム』なら……」


 マイルームというのは、転移門『ユグドラシル』から入る事のできる自分だけの部屋だ。そこには、アイテムストレージに入りきらないアイテムが山のように保管してある。

 今は倉庫として使っているが、仲間内で利用する為、最低限のルームグッズが揃えてあった筈だ。


「『マイルーム』もユグドラシルショップと共に消えちまったよ」

「ええっ!?」


『マイルーム』消えたの!?

『マイルーム』の倉庫の中には、山のようなアイテムとゲーム内通貨『コル』が置いてあるのに!?


「それは困る!」

「そんな事を言われてもなぁ。それを言ったら、この世界に閉じ込められたプレイヤー全員が同じことを思っている事だろうぜ。まあ、そう言っても踏ん切りは付かないよな。一度、転移門に行って試してみるといい。まず、入れないと思うけどよ」

「ああ、そうしてみるよ」


 カイルの可哀相な人を見るような視線が痛い。


「まあ、この世界に閉じ込められて悪かった点も目立つが、良かった点もある」

「良かった点?」

「ああ、コツコツとログインボーナスを貰って、初級ダンジョンで回復薬を集めまくったからな。十年位は何もしなくても生活できそうだ。現実世界じゃ、こうはいかない」

「……な、なるほど」


 言われてみればそうかもしれない。

 しかし、カイル。お前はそれでいいのか??


 ――いや、まあ考えは人それぞれだし、別にいいか。


 ビールを飲み干し、ゲーム内通貨『コル』をテーブルの上に置くと立ち上がる。


「それじゃあ、転移門に行ってみる。その後で、宿を探してみるよ」

「ああ、それじゃあ、達者でな」


 カイルに手を振ると、俺は転移門『ユグドラシル』に向かう事にした。


「それにしても、クエストを受けに冒険者協会に向かった筈が、まさかこんな事になっているとは……おっ、見えて来たな」


 ――転移門『ユグドラシル』


 転移門の前に立ち、メニューバーを開くと、『マイルーム』の文字を探していく。

 すると、一番下の方に『マイルーム』の文字が表示されていた。


「あ、あるじゃん……」


 まあいい。とりあえず、行ってみよう。


「転移。マイルーム」


 転移門の前でそう叫ぶと、俺の身体に蒼い光が宿り、数々のアイテムが収められている倉庫『マイルーム』へと転移した。

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