第22話 弁護士事務所①
酒場で働くウエイトレスさんに、ペロペロザウルスのTKG(卵かけご飯)四人前と壊れた食器の代金一万コルを渡すと、俺は冒険者協会を後にする事にした。
「じゃあな、カケル! お前のお陰で助かったぜ」
「ああ、これから先も頼りにしているぞ。そういえば、そろそろ、俺の所持金が尽きそうなんだが、どこかにお金を貸してくれる心優しいモブ・フェンリルはいないかな?」
「はっ?」
自宅警備員として四十年間、親の脛を齧り続けていたDWの古参プレイヤー『ああああ』よ。お前、今、なんて言った?
レベル一になって人を頼りたい気持ちもわかるけど、もし万が一、お前が俺に寄生しようとしたら迷う事なくモブ・フェンリルバズーカをぶっ放すぞ?
DW内でしか付き合いのない奴に寄生されるなんて冗談じゃない。
「……まあいいや。それじゃあな」
俺は金欲しそうな表情を浮かべる『ああああ』をスルーすると、アリバイ用の宿に向かう事にした。
今の時刻は午後十一時三十分。
あのクソ野郎のお陰で余計な時間を喰った。もう寝る時間だ。
それに明日は、アメイジング・コーポレーション株式会社を訴える為に弁護士事務所に向かわなければならない。
「さっさと、チェックインして寝よう……」
勿論、寝るのは現実世界のカンデオホテルになるんだけれども……。
そんな事を呟きながら、『地上げ屋本舗』から巻き上げたアリバイ用の宿に向かって歩いて行く。
宿に入ると、三人の男が俺の前に立ち塞がってきた。
「おやおや。待っていましたよ。あなたですか……。私達、冷蔵庫組に逆らうお馬鹿さんは……」
「なんだお前?」
目の前にいるのは、カマ口調で顔真っ白な顔をした禿げ頭のニューカマー。
パンチの利いた髪型の醜悪な男と、ナルシスト風の優男を後ろに控え俺の前に立ち塞がってくる。
「私の名はリフリ・ジレイター。冷蔵庫組の若頭と言えば解り易いでしょうか?」
「えっ? 冷蔵庫の若頭??」
なんだそれ?
俺がキョトンとした表情を浮かべていると、リフリ・ジレイターと名乗る男は、額に青筋を浮かべる。
「……あなた、少々、私達の事を馬鹿にし過ぎではありませんか? 冷蔵庫の若頭ではなく、冷蔵庫組の若頭です。頭の悪いお馬鹿さんにはそんな事もわからないんですかねぇ?」
「むっ……」
サラッと嫌味を言いやがった。
この嫌味の言い方。普段から嫌味を言い馴れている性格の悪い人間に違いない。
こんな奴にまともに取り合っても仕方がない。時間の無駄だ。
取り敢えず、宿の中に入ったし、周囲に知り合いは誰もいない。
「ちょっとお待ちなさい。一体どこに行こうと言うのです?」
「…………」
俺はリフリ・ジレイターと名乗る禿げ頭をシカトすると、メニューバーを表示させ、ログアウトボタンをタップする。
ログアウトすると、カンデオホテルの一室に戻った。
「……ふう。なんだったんだ? あの禿頭?」
冷蔵庫組。どこかで聞いたような気がする。
これ以上やっていられないと、睡眠優先でログアウトしてきたけど、大丈夫だよね?
何かあれば衛兵を呼ぶだろうし、宿屋の店員さん達が気になる所ではあるが、まあ、ああいった頭のおかしい人の相手も給料に含まれていると思って頑張って欲しい。
なんなら冒険者協会の酒場で働くウエイトレスさん達の様に危険手当を払うからさ。
拝金主義万歳。
全て金で解決である。
「さて、流石にもう眠いな……。今日はもう寝るか」
俺はシモンズ社製のベッドに横たわると、シーツをかけて部屋の灯りを消す。
流石はシモンズ社製のベッド。グッスリ眠れそうだ。
エレメンタル達の光が若干、チカチカして寝にくいが、この位であれば許容範囲内だ。
「おやすみ。エレメンタル……」
そう呟くと俺はゆっくり目を閉じた。
翌日、カーテンの隙間から零れた光が俺の瞼にかかる。
「う、うーん……」
その光を避ける様に、頭を動かすと、ほんの少しだけ瞼を開けた。
今の時間を確認する為だ。
枕元に置いてあるスマートフォンを手に取り時間を確認すると、午前七時三十分と表示されていた。
どうやら、もう朝がやってきたらしい。
欠伸をしながらゆっくり身体を起こすと、ベッドの外に足を出す。
そして、バスタオルを持つと、そのまま星空に一番近い露天風呂『スカイスパ』に向かった。
「サウナはやっぱりいいな……」
朝から誰もいない温浴施設を独り占めできるのは嬉しい。
多分、今の時間が朝食の時間だからだろう。
そういえば、チェックインする時に朝食券を貰った様な気がする。
折角だ。後で行ってみよう。
「ふうっ……」
サウナに入って十分。
温熱効果によって凝り固まった筋肉が和らいでいくのを感じる。
そして、身体から流れ出る汗。
血流が良くなり新陳代謝も促進。なんだか、身体がポカポカしてきた。
そろそろ出るか。
サウナを出た俺は、かけ湯で汗を流し水風呂に浸かっていく。
なんだか身体がふわふわと少し浮かぶ様に軽い。今ならどこにでも飛んで行けそうな気分だ。
水風呂で冷えた身体の外側と、内部の温かさが渾然一体となり気持ちがいい。
本来であれば、サウナ→水風呂→外気浴の温冷交代浴の三ステップを三回ほどやり『整う』状態まで持っていきたいが、今の時間はもう午前八時。
弁護士事務所には午前九時に予約したから、朝食を食べ支度をする事を考えると、そろそろ風呂から上がらねばならない。
俺は最後に大浴場を楽しむと、身体を洗い『スカイスパ』を後にした。
「ふう~。気持ち良かったぁ~」
泊まるならサウナのある宿泊施設に限る。
そのまま朝食を食べに十一階にあるレストランに向かうと、入り口にメニュー表が置いてあった。
うん。大人一人当たり千八百円(税抜)か。
結構、いい値段するな。朝食付きの宿泊だからなんだか得をした気分だ。
中に入ると、オシャレなレストランで様々な人達が朝食を摂っていた。
どうやらここはビュッフェ形式の様だ。
季節折々の素材を使った豊富なメニューが数多く並んでいる。
パンにクロワッサン、スクランブルエッグ、ソーセージとサラダ。
筑前煮に肉じゃが、カレーに澄まし汁と豆腐……。フルーツにヨーグルト、だ、大学芋まである!?
レパートリーが凄い事になっているじゃないか!
最近の朝食ビュッフェってこんな感じなの!?
いや、落ち着け俺……。
取り敢えず、落ち着こう俺。
最近の朝食ビュッフェはこんなものの様だ。
見てみろ俺。周りの人達はすまし顔でビュッフェを楽しんでいる。
子供まですまし顔だ。
大人である俺がすまし顔を浮かべなくてどうする。
プレートに皿を置くと、その上に好きな料理を取っていく。
ふふふっ、好きな料理を好きなだけ取る事ができるのがビュッフェの楽しみだ。
ご飯をよそい、その上に出汁カレーをかける。その後、追加で乗せた皿に野菜と豆腐、タコミートと温野菜を乗せたパワフルサラダを乗せると、取り敢えず、テーブルに付いた。
おっと、箸とスプーンを忘れていたな。
料理をテーブルに置いたまま席を立つと、箸とスプーン。そして追加のプレートを確保するとクロワッサンとスクランブルエッグ、ソーセージと豆腐、筑前煮を取り席に戻る。
ふっ、つい取り過ぎてしまった。
しかし、俺を咎める者は誰もいない。
それにしても不思議だ。
ビュッフェと聞くと、何故か料理を取り過ぎてしまう。
とはいえ、今日は弁護士事務所に行かなければならない。
弁護士に訴えたい事は一杯あるしね!
食べ過ぎて口から変なものを出す訳にはいかない。
今日の所は、腹八分で抑えておこう。
腹八分に医者要らずとよく言うし、英語にも『Light suppers make long life.(軽めの夕食は長寿の源)』という言葉がある。
まあ、この料理の量を食べて腹八分に収まるかはわからないけどね!
なんとなく腹九分はいきそうだ。
「それじゃあ、頂きます」
そう呟くと、箸を持ってサラダを食べる。
うん。野菜がシャキシャキしている。それに甘い。
なんだこれ?
これは本当に野菜か?
タコミートと温野菜の相性も抜群だ。
筑前煮も美味いし、豆腐も美味い。というより、ここにあるもの全部が美味い。
そして俺は食レポも上手い。
出汁カレーも最高だ。やはり朝食はカレーだな!
一部ではカレーは究極の健康食と呼ばれている。
きっと、血行を良くして新陳代謝を高める作用のあるスパイスが豊富に含まれているからそう言われているのだろう。
「ふう、美味しかった……」
スマートフォンをチラリと見ると午前八時三十分を示していた。
そろそろ弁護士事務所に向かう時間か。
コーヒーを一杯飲むと、プレートを片付けレストランを後にした。
なんだか、凄い贅沢をした気分だ。
とても満足である。
さて、ここからは気分を切り替えよう。
エレベーターを降りて、カンデオホテルを出ると、俺は弁護士事務所に向かっていく。
俺がお世話になる弁護士事務所は、未払残業代や退職金の回収に定評のある弁護士事務所だ。名を出木杉法律事務所という事務所らしい。
「すいません。午前九時に予約の高橋と申しますが……」
「はい。高橋様ですね。こちらへどうぞ」
弁護士事務所に入ると、すぐに応接室に通される。
なんというか、そこは普通の事務所だった。
なんだか思っていたのと違う。
椅子に座ってキョロキョロしていると、応接室に弁護士さんが入ってくる。
「待たせ致しました。私、弁護士の出木杉と申します」
「ああ、どうも……」
咄嗟に席を立ち、弁護士さんから名刺を受け取る。
どうやら俺の担当をしてくれるのは出木杉という弁護士さんの様だ。
出木杉弁護士。なんだかヤリ手の弁護士っぽい名字だ。
そんな事を考えていると「お座り下さい」と席に座るよう促される。
「それで、未払残業代と退職金の請求をしたいとの事ですが、詳しい話を聞かせて頂いてもよろしいですか?」
「はい。実は……」
俺はそこで、労働基準監督署で説明した様にアメイジング・コーポレーション㈱がいかにブラックな会社なのかを力説した。
時間外労働の強要、解雇のやり口、懲戒解雇を理由とした退職金の支払い拒否、そして残業代の未払い。
「それは……。酷い会社ですね」
「そうなんです。酷い会社なんですよ!」
「色々な証拠を呈示して頂きましたが、これだけの証拠が揃っていれば問題なく請求する事ができるでしょう。当事務所では、成功報酬として請求額の三十パーセントを頂いておりますが、いかが致しますか?」
どうやらこの事務所では成功報酬として、請求額の三十パーセントを追加報酬としている様だ。着手金を取られないのが素晴らしい。
それだけ、自信があるという事だろう。
請求額の三十パーセントが報酬として持っていかれてしまうが、これはお金の問題じゃない。
いや、お金の問題ではあるんだけれども、お金の問題じゃない。
「ぜひ、お願いします」
そう言うと、出木杉弁護士が契約書をテーブルに置いた。
「それでは、こちらの書類にサインをお願いします」
「はい」
どうやら、この委任契約書にサインをする所から、委任契約がスタートするらしい。
委任契約をよく読み。サインと捺印すると出木杉弁護士に契約書を戻した。
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