第174話 区議会議員④

 自称知人の明紀君の肩を叩くと、明紀君はギョッとした表情を浮かべ炒飯セットを食べていた手を止める。


「あ、ああっ……」


 俺突然の登場に驚く自称知人の明紀君。

 そんな明紀君に俺は声をかける。


「……やあ、奇遇だねぇ。そういえば、バイトはどうしたの? 更屋敷義雄君は元気?」


 すべてを見透かしたかのような表情を浮かべると明紀君は目に見えて慌て始めた。


「あ、あんたは……」

「『あんたは』なんて、随分と他人行儀じゃないか。違うだろ? 俺達、親友だもんな? 翔って呼んでくれよ」


 そう言うと自称知人の明紀君は黙り込む。


「……それにしても、美味しそうだね。その炒飯セット。冷めない内に食べちゃいなよ。塀の中に入ったら少なくとも五年は炒飯セットを食べる事ができなくなるんだからさ」

「えっ……?」


 俺がそう言うと、自称知人の明紀君は目を丸くした。

 そんな自称知人の明紀君に対し、俺は小声で呟く様に言う。


「うん? 何か変な事を言ったかな? 殺人未遂は立派な犯罪だろ? 死刑又は無期もしくは五年以上二十年以下の懲役だ。随分とリスクを取ったね。そんなに欲しかった? 百万円……。それとも、バレないとでも思っていたのかな?」


 俺がそう声をかけると、自称知人の明紀君は声を上げて弁解する。


「ち、違うっ! お、俺はそんな……本気で殺そうだなんて思っていなかったっ! 半殺し! 半殺しで済ませるつもりだったんだっ!」

「ほおっ、半殺しでねぇ?」


 折角、小声で言ってやったのに、自ら、百万円欲しさに俺を半殺しにしようとしましたなんて自白するとは、こいつ馬鹿なんじゃないだろうか。

『半殺し』という単語が出た辺りから店員さん達の視線が痛い。


 しかし、パニックになった自称知人の明紀君の自白は止まらない。


「そ、それに、俺は義雄さんに頼まれただけで……!」

「ふ~ん。義雄さんねぇ……それで? 俺を半殺しにした後、どうするつもりだったの? 当然、その後、警察も動くだろうし、百パーセント捕まるよね?」


 区議会議員に警察を動かす程の力があるとは思えない。

 精々、自分の選挙区の区役所の職員に口利きできる位の権力しか持っていないだろう。国会議員ならいざ知らず、流石にその位の事は馬鹿にでも想像できる。


「義雄さんの父親は古参の区議会議員なんだ。俺達が警察に捕まっても逃がしてくれる手筈で……」

「……へえ、そうなんだ」


 どうやら生粋の馬鹿であったようだ。

 気を取り直して俺は質問する。


「もしかして、それって、更屋敷太一っていう区議会議員?」

「そ、そうなんだよ。だからさ、俺達は何も本気でお前の事を殺そうとだなんて思ってなかったんだっ! 本当だっ! 信じてくれっ!」


 はい。言質ゲ~ット!

 しかし、まだ足りない。告発するにしても、これだけでは、こいつがトカゲの尻尾切りにあって終了だ。


「……そうだな。お前が区議会議員を親に持つ更屋敷義雄の命令で俺の事を半殺しにしようとした事はよーくわかった。でもさ、流石に虫が良すぎるだろ。こっちは殺されかけているんだぞ?」


 俺の言葉に慌てる自称知人の明紀君。


「で、でもそれは……義雄君がっ!」


 そう言う明紀君の肩に腕をかけ、優しく呟く。


「……ああ、わかってるって、更屋敷義雄君がぜーんぶ悪い。お前の言う事が本当なら、あいつがやった事は殺人教唆だからな。でもさ、それってお前が一方的に言ってる事だよね? 更屋敷義雄が犯行を認めた訳じゃないし……」

「そ、そんな、それじゃあ、俺はどうしたら……!」


 俺が自分の事を警察に突き出そうとしていると思っているのだろう。

 自称知人の明紀君が露骨に狼狽え始めた。

 もう炒飯セットを食べている場合ではなさそうだ。

 そんな明紀君に俺は囁く。


「……そうだな。これは独り言だが、更屋敷義雄に俺を半殺しにしようとしたと認めさせる事ができたなら、お前を警察に突き出すのを止めてやってもいい」

「俺に義雄君を売れと……?」


 売るもクソもないだろう。俺はただ言質を取れと言っているだけだ。

 それに、更屋敷義雄から言質を取らなければ、結局、こいつも切り捨てられて終わるだけ。


「俺は独り言を言っただけだ。どう取るかはお前次第。そういえば、お前。金が欲しかったんだよなぁ。たった百万円で俺の事を半殺しにしようとする位だ。さぞかし、金に困っているのだろう……」


 アイテムストレージから百万円を束で取り出すと、テーブルの上に置く。


「更屋敷義雄に電話をかけ録音しろ。もし言質が取れたなら、この金はお前にやる。これだけあれば、今、お前が食べている炒飯セットを一千杯食べてお釣りがくる。同時にお前の事を警察に突き出す必要もなくなるかもなぁ……」


 そう独り言を呟くと、自称知人の明紀君が百万円の束を見てゴクリと喉を鳴らす。

 そして、自発的にスマホを手に取ると、電話アプリを立ち上げ、通話の録音設定を済ませた後、どこかに電話をかけた。


「あ、ああ、更屋敷義雄君ですか? 続報です! やりましたよ。高橋翔を半殺しにする事に成功しましたっ!」


 その瞬間、店員さん達がギョッとした表情を浮かべた。

 声が大きい。こいつ、本当に馬鹿なんじゃないだろうか。

 そんな事を考えていると、スマホから更屋敷義雄の喜ぶ声が聞こえてくる。


『よし。よくやったっ! 誰にも見られてないな?』

「はい。更屋敷義雄君の命令通り人目のある所は極力避けて裏路地で半殺しにしましたからっ! そ、それで、義雄君。これからどうしましょう。俺、人を半殺しにした事なんてなかったから不安で……。区議会議員であるお父様の力があれば、揉み消せますよね? 大丈夫ですよねっ??」


 心配そうな表情を浮かべそう言う明紀君。中々、真に迫っている。

 迫真の演技を見せる明紀君の隣りで聞き耳を立てていると、更屋敷義雄の声が突然、小さくなった。


『……ああ、当然だ。俺の親父が誰だと思っているんだ? 区議会議員の更屋敷太一だぞ? 心配するな。お前が警察に捕まらないよう、ちゃんと手配してやる。それで、お前、今、どこにいるんだ?』


 流石に餃子の王将で炒飯セットを食べていますとは言えまい。

 自称知人の明紀君は、少し回答に詰まると、静かな声で返答した。


「ぎ、餃子の王将の近くにある高架下の自転車置き場にいます」

『……そうか。そういえば、新橋駅近くにあったな。高橋翔もそこにいるのか?』

「はい。自転車置き場の奥で血を流して倒れてますよ。義雄君の命令通りバッチリです」


 何がバッチリなのかはわからないが、確かにバッチリだ。

 俺の命令通りバッチリと言質を取りまくっている。


『……そうか。それじゃあ、今から確認しに俺も向かう。俺が到着するまでの間、そこから絶対に動くなよ? 絶対だ。絶対に動くな』

「はい。わかりました。それじゃあ、義雄君の到着を待ってます」


 そう言って電話を切ると、明紀君は深い息を吐く。


「……これでいいですか?」

「ああ、満足いったよ」


 素晴らしい手の平返しだ。

 言質の取り方も秀逸だった。

 更屋敷義雄の名前を何度も連呼していてポイントも高い。


 百万円を明紀君の手に置くと俺はスマホを取り出す。


「それじゃあ、その録音データを渡して貰おうか」

「あ、ああ、わかったよ……」


 明紀君からスマホを借りると録音データを送信し、内容を確認する。

 そして、俺は満足気な表情を浮かべた。


 勝った……。劇的な勝利だろう。

 区議会議員の息子が人の事を半殺しにしようとしただなんて、とんでもないスキャンダルだ。しかも、区議会議員の権力でこの傷害事件を揉み消そうとしたとも取れる言質まで取れている。


 後は、これをSNSに流すだけ。

 いや、こうなったら徹底的に叩こう。

 週刊誌にタレ込んでやるのだ。


 早速、とある週刊誌のホームページを立ち上げると、『情報提供する』というボタンをタップし、詳しい情報提供と証拠となる音声データを添付していく。


 ……これで良し。


 念の為、SNSで動画を拡散する事も忘れない。

 揉み潰されてしまう可能性を断つ為だ。


 後は俺が一芝居打つだけ。それで、更屋敷親子はジ・エンド。


「それじゃあ、最後に俺に着いて来て貰おうか……。ああ、店員さん。こいつすぐにここに帰ってくると思うんで、料理はそのままにしておいて下さい」


 そう言って、明紀君のスマホから音声データを消し、席から立ち上がる。

 そして、明紀君の食事の分まで支払いを済ませると俺は、明紀君の設定通り餃子の王将の近くにある高架下の自転車置き場に向かう事にした。


「ち、ちょっと、どこに向かう気ですか?」


 心配そうな表情を浮かべる明紀君。


「まあ、着いて来ればわかるさ。さて、あそこかな……」


 明紀君と共に高架下の自転車置き場に辿り着いた俺は、監視カメラのない事を確認すると、自転車置き場の奥の方に入り、明紀君に指示を出す。


「よし。もう行っていいぞ」

「えっ? どういう事ですか?」


 俺の言葉に首を傾げる明紀君。


「言葉の通りだ。すぐに餃子の王将に行き、思う存分、炒飯セットを食べてくるがいい」

「は、はあ? わかりました」


 そう言って、トボトボと自転車置き場から去っていく明紀君。

 完全に去った事を確認し、俺は武器を取り出すと、意を決して自分で自分の体を痛め付けていく。


「ぐっ、やっぱり痛いな……」


 せめて麻酔をかけてからこういう事はしたかった。

 しかし、そんな物は無いので仕方がなく自分で自分を痛め付けていく。


 俺の考えが正しければ、更屋敷義雄はここに来ない。

 恐らく、警察官がここに駆け付けて来るのだろう。

 その証拠に、パトカーの音が遠くから聞こえてきた。


 自称知人の明紀君にすべての罪を被せる。

 クソ野郎である更屋敷義雄がやりそうな手口だ。

 しかし、そう上手くいくかな?


 音声データは既にSNSという広大なネットの海に流され、週刊誌には情報をリーク済み。

 これからの事を考えると、明紀君には可哀相な事をしたと思うがこれも仕方のない事。自白の音声データは既に流出してしまっている。

 まあ、今やっている事は狂言見たいなものだし、運が良ければ捕まる事もないだろう。


「痛てててっ……まあ、こんなもんでいいか……」


 青黒く腫れた手足に頭から出た血。

 アイテムストレージに武器をしまうと、俺は地面に横たわる。

 すると、少しして、警察官二人が自転車置き場を捜索しに来た。


「だ、大丈夫か、君っ! すぐに救急車をっ!」


 俺は、腕をゆっくり上げ、警察官の服を掴むと、悔しそうな表情を浮かべながら顔を歪め、声を途切らせながら呟く。


「凶器を持った男が……お、俺を……突然。な、何もしてない……のに……」

「わかった。わかったから、今はもう喋るな! 必ず、犯人は逮捕してやる」

「あ、ありがとう……ござい……ます……か、掛りつけの病院が……し、新橋大学……附属病院に……」


 ――ガクッ


 そう呟き、脱力すると俺はゆっくり目を閉じた。

 後は寝ているだけですべてが終わる。


「おい! おい。君っ! 大丈夫かっ! 救急車はっ! 救急車はまだなのかっ!」

「で、電話をしたのでもうすぐ到着すると思うのですが……」


 思ったより大事になってしまった事を少しだけ後悔しながら、俺はそのまま眠る事にした。

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