第196話 準暴力団・万秋会③
矢田牧夫は、ミラノ風ドリアを掬っていたスプーンを握ったまま、縋る様に言う。
「――お、おいおい。冗談だろっ? 笑えねーって……とりあえず、そのスマホを置けって、なっ?」
いや、置く訳がないだろ?
アホかコイツ……。
もっとよく自分の置かれた状況を考えてから発言した方がいい。
「……俺の言う事が聞こえなかったのか? それじゃあ、もう一度だけ言ってやる。準暴力団の万秋会に君の居場所をバラされるのと、俺の言う通りに行動するのどっちがいい?」
言い聞かせる様にそう言うと、矢田牧夫は悔しそうな表情を浮かべ、スプーンをテーブルに置いた。
「――俺に何をさせるつもりだよ……?」
「そんな事は決まっているだろ? 警察だよ……居場所をバラされたくなければ、警察を経由して準暴力団・万秋会に脱退届を提出しろ……」
仮でもいいから、警察に話し通しておかなきゃ、俺の宝くじ研究会まで巻き添えを喰らうだろうが……。
今すぐに警察に行け。昔と違って、今は警察が暴力団の退職代行をやってくれるぞ?
妨害や制裁が科されるようなことがあれば、警察が介入してくれる。
今なら俺も付いてくるぞ?
万が一、制裁されたら制裁し返してやるから任せておけ。
「後はそうだな……宝くじ研究会・ピースメーカーに加入している他の暴力団員の話。詳しく聞かせて貰おうか……?」
「――俺に仲間を売れと?」
面白い事を言う奴である。
お前、既に準暴力団・万秋会からバッくれているだろうが。
つーか、仲間と言う事は、もしかして同じ万秋会の組員だったりするのか?
だとしたら、バッくれた意味がまったくない訳だけど、わかってる??
ここはハッキリ言っておこう。
「ああ、そうだ。宝くじ研究会に加入している暴力団員の情報を売れ」
「……もし、嫌だといったら?」
コイツ……俺と交渉できる立場だとでも思っているのか?
それならば、こちらにも考えがある。
「別にいいぞ? それならこちらはお前の居場所をバラした上で宝くじ研究会の活動を止めるまでだ……」
一時的にな……。
稼ぎが無いのだろう?
そんな中、宝くじ研究会・ピースメーカーの活動が終わったらどうなると思う。
しかも、活動停止の理由が、宝くじ研究会・ピースメーカーに潜む暴力団員が原因と知ったらどうなると思う?
宝くじ研究会・ピースメーカーに加入している奴等は金に汚いぞ?
何せ、ネットワークビジネスで大金を稼ごうとしていた奴等だ。
暴力団員である事が原因で宝くじ研究会の活動が停止したと知れたら、お前等はお終いだ。物理的にな……。
まあ、その時は俺も終わっちゃいそうだから何とも言えないけど……。
しかし、矢田牧夫にとって、この一言は効果抜群だった。
「――そ、それは……そんな事をされたら困る……。そんな事をされたら生活ができなくなっちまう!」
それはそうだろう。
暴力団排除条例によって、就労などの各種契約を結ぶ際、反社会勢力でない事を誓約する事が一般化されている今、暴力団員である事を偽って契約すれば、詐欺罪に問われる可能性がある。
実際に、暴力団員が郵便局でアルバイトして逮捕されたなんて報道がある位だ。
しかも、働いてアルバイト代を受け取ったにも拘らず、『だまし取った』と報道される始末……。
真っ当に働けず、銀行口座も持てず、家も借りれないコイツが普通の生活を送る事ができるとは思えない。
「なら、答えは決まったな……安心しろ。準暴力団から脱退すれば、今まで通り宝くじ研究会での活動を認めてやる」
まあ問題を起こした場合、話は別だけど……。
暴力団を辞めてもどの道、最低五年間は銀行口座を作る事もできないし、家を借りる事もできない。
しかし、辞めれば、暴追センターが就労支援をしてくれるし、更生援助金も貰える。
何より、不可抗力とはいえ、準暴力団員に金が流れていた事を有耶無耶にする事ができる。
まあ『暴力団員と宝くじを共同購入し、当選した』みたいな扱いになる筈なので、それが密接交際者扱いとなるかは不明だが、用心に越した事は無い。
問題を起こしたら問題を起こしたで、入会時に書いてもらった『契約書』の効果で宝くじ購入マシーンになって貰うだけなので、それならそれでもいいんだけど……。
「くっ、わかったよ……」
「そうか。それなら良かった。じゃあ、食べ終わったら早速、警察署に向かおうか……その前に、宝くじ研究会に加入している暴力団関係者の名前を教えてくれる?」
すると、すべてを諦めたのか、矢田牧夫はテーブルに置いたスプーンを持ち、ミラノ風ドリアを口に運びながら言う。
「ああ……宝くじ研究会に加入している暴力団関係者の名前は、狭間俊介と岡田美緒。ホスト風の男と美人局の女だ」
「狭間俊介と岡田美緒……」
何だかその名前、聞いた事があるな……。
うーん。思い出せん。
まあいいか。会田さんに探させればそれで……。
「情報提供ありがとう。もし、これが嘘だった場合、宝くじ研究会の活動は停止するから、そのつもりでね?」
「う、嘘じゃねーよっ! 本当だっ!」
「ああ、信じているよ……」
まあ、生活が掛かっているだろうし、多分本当だろう。
「よし……それじゃあ、早速、警察署に行こうか?」
「ち、ちょっと、待てよっ! まだミラノ風ドリアが残ってるっ!」
「うん……?」
テーブルに視線を向けると、確かにミラノ風ドリアが残っていた。
ついでにビール二杯もそのまま残っている。
食べ物を粗末にするのは良くない。
「……そうだな。まあ、それじゃあ、それを食べたら警察に向かうぞ」
「あ、ああ……」
まあ、元準暴力団員が警察署に向かうのは不安だよな……。
例えそれが、入門して間もないとしても……。
「……そういえば、聞いてなかったな。食べながらでいいから教えてくれる?」
俺とした事がすっかり忘れていた。
とりあえず、これを聞いておかないと話にならない。
「えっと、君、犯罪行為とか行ってないよね?」
「ああっ? やってねーよ!」
「そう。それなら良かった……で、本当の所は?」
俺は背後で待機している闇の精霊・ジェイドに視線を向けると、ジェイドが矢田牧夫に催眠をかけた。
トロンとした表情を浮かべる矢田牧夫。
矢田牧夫は黙々とミラノ風ドリアを口に運びながら自白していく。
「本当に何もしていないですよ……。下っ端のやる事なんて、事務所の掃除をしたり、炊事や洗濯したり、電話番をして寝る位です……」
えっ?
そんなもんなの?
何その家政婦さながらの生活?
まさか、本当に何もしていないとは思いもしなかった。
「最近は逃げ出す若手が多いみたいで、『最初の内は結構簡単な事から覚えさせ、徐々に仕事を教え込ます』みたいな事を兄貴が言ってました……」
「うん。わかった。もういいよ」
何て言うか……。新卒がすぐ辞めてしまうブラック企業みたいな感じだな……。
どこもかしこも成り手不足・人手不足だ。思っていたのと全然違う。
というか、逃げ出す若手多いんだ……。
まあ、そりゃあそうだよね?
どう考えても割に合わないもの。リスクが高過ぎるもの。
暴力団って組織だけど法人じゃないから会社で働くサラリーマンと違って個人事業主扱いだし、生活に困窮しても生活保護を受ける事もできない。
何なら、入ったその瞬間から銀行口座は作れず、家を借りる事もできず、銭湯にすら入店を拒否される生活が待ってるんだもんね。
そりゃあキツイわ。
そして、一瞬、準暴力団に入ってすぐ辞めた場合の罰がもの凄く重い。
まあ、その選択をしたのは自分なので自業自得なんだけど……。
何にしても良かった。
とりあえず、犯罪行為は起こしてないっぽくて……。
「それじゃあ、そのままビール二杯飲んだら警察に行こうか」
「はい……わかりました」
そう呟くと、矢田牧夫はビールを一気飲みして立ち上がる。
流石は闇の精霊・ジェイドだ。
こうも簡単に自白させる事ができるとは……うん?
よく考えたら、俺、警察署まで付き添う必要なくね??
矢田牧夫は闇の精霊・ジェイドの支配下にある。
それなら、そのまま警察署に行って貰った方が効率的だ。
矢田牧夫がビールを飲み干したのを確認すると、注文票を持ちレジへと向かう。
そして、代金を支払うとサイゼリヤを出て手を振った。
「よし。それじゃあ、矢田君。君とはここでお別れだ。警察署に行って暴力団から足を洗ってからまた来てね」
「はい。わかりました……」
そう呟くと、矢田牧夫はふらふらとした足取りで警察署に向かっていく。
「――これでよしと……」
これで一つ問題が解消した。
残るは矢田の言っていた狭間俊介と岡田美緒の二人だけだ。
いや、本当に誰だったかな?
聞いた事がある名前なんだけど……。
まあ考えていても仕方がない。とりあえず、会田さんに電話をかけるとするか。
スマホを取り出し、宝くじ研究会・ピースメーカー所属の会田さんに電話する。
「ああ、お疲れ様です。高橋翔ですが、今、大丈夫ですか?」
『え、ええ……』
何だか、会田さん疲れているな……。一体、どうしたというのだろうか?
「何か疲れてます?」
『……いえ?』
そう尋ねると、電話口から『ギリッ!』と歯を鳴らす様な音が聞こえた。
きっとストレスが溜まっているのだろう。
電話口から剣呑な空気を感じる。
とはいえ、矢田牧夫の他にも二人、宝くじ研究会に暴力団組員が入り込んでいる事を連絡しておかないと不測の事態に対応する事ができない。
会田さん、疲れていないらしいし、とりあえず、話だけは振っておこう。
「今、話のあった矢田牧夫君と会ってきたんだけど、その際、宝くじ研究会にまだ二人ほど暴力団関係者が紛れ込んでいるみたいなんだよね。狭間俊介と岡田美緒っていう名前らしいんだけど、会田さん、何か知ってる?」
『えっ? 狭間俊介と岡田美緒が暴力団関係者?』
「うん。そうだけど……」
どうやら会田さんは狭間俊介と岡田美緒の事を知っているらしい。
流石は宝くじ研究会を仕切っているだけの事はある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます