3 ルギの目的

 アランはルギの言葉を聞くと、いきなり大笑いを始めた。ルギは何も反応せず、アランが笑っているのを黙って見ている。


 アランはしばらく笑っていたが、ルギが何も言ってくれないので、仕方なく笑いながらこう言った。


「いやだなあ隊長、俺です。部屋片付けたの俺ですよ」

  

 ルギはそう言われてもまだじっと黙ってアランを見ている。


「あの、隊長が俺のこと、どう見てるか知りませんが、俺、こう見えて几帳面なんです。そういやシャンタルに俺も隊長って呼ばれてるの知ってましたっけ?」

「聞くことは聞いた」


 ルギはにべもなくそう答える。


「そうでしたね。まあ、前も言ったようにいっつもトーヤとうちの妹がけんかして、それを俺が間に入って止めるし、シャンタルがあの能天気でいると活入れる。それから仕事の作戦会議がだらつくと俺が締める。そんなことからアラン隊長って呼ばれるようになったんですが、それ以外にも俺があいつらに片付けろって怒るのが、まるで部下を叱る隊長みたいにガミガミ言うって、それも理由の一つなんすよ」


 ルギは黙ってアランの話を聞いている。


「今、俺すごく暇で、やることないんです。だから掃除してました。嘘じゃないですよ? 掃除の係の人に聞いて下さい。俺が掃除するからいいっていっつもきれいにしてたって証言してくれると思います」


 事実である。本人が言うようにアランは几帳面だ。片付けに関してはトーヤもシャンタルも、そしてベルも無頓着なので、いつもアランが雷を落としながら片付けさせていた。掃除が好きなのも本当だ。


「だから今、すごく心配です。あいつら、どこにいても多分掃除とかあんまり考えないでしょうから、ほこりだらけのところでダラダラしてんじゃないかって。どこで世話んなってるか分かんないけど、分かったら後でちゃんと礼しに行って、なんだったら俺が片付けや掃除手伝うつもりです。だって俺も隊長ですし」


 アランはおかしくてたまらないという感じでそんなことを言う。


「後で箕帚きしゅうつかさに確認を取っておく」

「えっと、それって掃除係の人でしたっけ? なんかいちいち難しいんでよく覚えてませんが、そうですよね」

「そうだ」

「じゃあ聞いておいてください」

「分かった」


 ルギは表情一つ変えずにそう言って、一度そこで話が切れた。


「そんで、誰もいなかったみたいにきれいになってた、それで話は終わりですか?」

「そのことについてはな」

「ということは、他にもまだあるんすね。あるんならとっとと言ってください」

「まあそう急ぐな。暇なのだろう?」

「話し相手がいたら俺も時間つぶせていいですが、隊長は忙しいんじゃないんですか?」

「そうだな」


 ルギが認める。


「そんじゃ、こんなところで油売ってないで仕事に戻ったらどうです」

「そう言うな。せっかく時間があるのだから、まだ話したいこともある」

「そうっすか?」

「暇だと言ってたが、普段はどう過ごしている」

「普段っすか?」


 アランはうーんと考えて、


「時々衛士の人に相手になってもらって剣の訓練はしてますね。やらないと体がなまるんで、助かります」

「そうか」

「後は、下手したら食っちゃ寝になるんで、できるだけ散歩とかしてます」

「それから」

「後は」


 アランはふと思いついたようにこう言った。


「シャンタルとの文通」


 今のアランの重要な仕事と言えるだろう。


「では、その手紙を見せてもらおう」


 ルギが思いもかけないことを言い出した。


「嫌です」

「なぜだ」

「当たり前でしょう、友達との個人的なやり取りです。見せる必要はないでしょう」


 ルギは表情を変えずこう言った。


「その手紙でシャンタルの部屋に二人を預かってくれと頼んだのではないか」


 アランは一瞬声を出しそうなほど驚いたが、なんとか普通に嫌そうな顔をするだけに留めた。


「二人って誰です」

「エリス様とその侍女だ」

 

 ルギはあえてその役名で呼ぶ。


「宮の中は調べ尽くした。残るはシャンタルのお部屋だけ、そしておまえならそう頼むことができる」

「俺がですか」


 アランはさも驚いたという顔をしてみせた。


「俺が頼むのなら三人じゃないですかね。エリス様と侍女とルークの三人」

「恥知らずに無頼の男を神の部屋に預かってくれと言い出すことはさすがになかろうと思ったのだが、もしかするとルークも一緒か」


 どうやらアランの口から手紙の話題を出し、話をそこに持っていくつもりだったようだ。


「そう思うのならシャンタルの部屋を調べたらどうです?」

「それがそうもいかん。さすがにシャンタルのお部屋を証拠もなく調べさせていただきたいなどと言えるものではない」

「そりゃそうか」

「だから手紙を見せろと言っている。そのようなことが読み取れたら、それを理由にお願いをしてみる」

「なるほど」

 

 アランはまだこちらに分があると見て粘ることに決めた。


「つまり、隊長が言う証拠ってのがなけりゃ、シャンタルの部屋を調べることはできないってことですね」

「そういうことだ。手紙を見せろ」

「嫌です」

「そうか、仕方がないな。おい!」


 ルギの声と同時に、数名の衛士が室内に流れ込んできた。


「この男を捕まえろ」

 

 最初からルギの目的はシャンタルの手紙だったようだ。

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黒のシャンタル 第三部 「シャンタリオの動乱」<連載中> 小椋夏己 @oguranatuki

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