10 もしもの時
男はハリオが笑うのを見て、少しばかりいい感情ではないという顔で眉をしかめた。
「いや、失礼」
ハリオが顔を引き締める。相手に不快な感情を持たせてしまったら聞ける話も聞けなくなるかも知れない。
「いや、おっしゃっていることがちょっとばかり矛盾してるもんで」
「矛盾?」
「あんたはやっぱり王宮衛士なんですよ。だからなんだかんだ言って王様や皇太子様を信じようとなさってる、それでちょっとね、すみません」
男はハリオの言葉に黙り込む。
「今の王様が父親を殺したかもと言いながら、そうじゃないと言ったら信じたい。そうなんでしょう?」
「それは……」
ハリオの言葉に男は少しだけ黙り込み、
「そうかも知れません」
正直にそう答えた。
「王宮を
ハリオには分からなかった。この国において「王宮衛士」というものがどれほど誇らしい職業で、それをやめさせられることがどれほど屈辱であるかを。だが、目の前の男を見ていると、そのことでこの男がどれほど傷ついているか、それは理解できた。
「俺には申し訳ないが、あんたのその誇りだとか屈辱だとかはあんまりよく分かりません。そういう立場になったことがないもんでね。けど、信じてた人に裏切られた、その悔しさとかはよく分かります。俺にも信じる人がいる、命をかけてその人のためならって人はいます。恩もある、その人を尊敬してる。もしもその人にそんな風にされたら、もしかしたらあんたみたいになるかも知れない、そう思いました」
男はハリオの目をじっと見て、
「ありがとうございます」
と、小さく礼を言った。
「そんでですね、あんたは結局何をしたくてまたここに来たんです? 今の王様をどうこうしたい、前の王様をお助けしたい、それとも他に何か用事が?」
「ここに来たのは、さっき言った王宮侍女と王宮衛士の話をしたかったからです」
「ああ」
「弟の方と仲がよかったんですよ。それで、縁談も決まって順風満帆、幸せそうにしてたのが、あっという間にあんなことになってしまって」
「言ってましたね」
「それで、それをなんとか宮の上の
ハリオは黙って聞いている。
「もしも、もしもです」
男が顔を上げ、ハリオをじっと見つめながら言う。
「あなたが、あなた方が宮の上の方に何かを言える機会を得ることができたなら、その時に、その
男は立ち上がり深く頭を下げた。
ハリオは何も言えずにじっと男を見た。
「頭を上げてください」
ハリオに言われ、男が頭を上げた。
「もしも、もしもです、もしも本当にそんな機会が来たなら、間違いなく伝えます。こんなことを聞いたってね。ただ、俺は本当に一介の職人に過ぎない、そんな機会は永遠に来ないかも知れない。それから、失礼ながら、あんたが言ったその話が本当だとの証拠もない。言うにしても世間話程度で終わるかも知れない。それでもいいってんなら約束します」
「結構です。よろしくお願いいたします」
男はその言葉を最後にして家から出ていった。
男が去ったその後、ハリオはしばらくの間、そうして一人でじっと座り、色々と考え続けていた。すると、
「ハリオさん、大丈夫ですか?」
裏口からそっとそんな声がした。アーリンが戻ってきたらしい。
「ああ、大丈夫。そっちはまさか1人じゃないだろうな、誰か連れて戻ってきたか?」
「はい」
アーリンが誰かに合図をして中に入れる。なんと、驚いたことにそれはシャンタル宮警護隊長のルギであった。
「え、隊長さん直々に!」
「だけじゃないんです」
その後から顔を出したのはアーリンの上司であるダルと、ハリオの上司であるディレン、それからアランも一緒だった。
「え、そんだけの顔ぶれ連れてきたのかよ!」
アーリンの説明によると、オーサ商会に戻ったアーリンは愛馬のジェンズを飛ばして暗くなる街を抜け、シャンタル宮へと駆け戻った。
正門で当番の衛士と入れろ入れないともめているとルギが通りがかり、一度アーリンをアランの部屋まで連れていき、自室にいたダルも呼んで説明を聞いた結果がこれらしい。
「でも本当に1人だけだったんですね」
アーリンがホッとした顔でそう言ってやっと笑顔を見せた。
「もしも戻ってきてとんでもないことになってたらと怖かったです」
幸いにもそうはならず、ハリオは皆に男から聞いた姉弟の話をすることになった。
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