9 信じる者たち
「そんなことが」
ハリオが言葉をなくしていると、男が、
「あんた、本当は宮とかそういうところから寄越された人だろ?」
と、不意打ちのように聞いてきた。
「え、昨日も言ったけど俺は――」
「いや、ごまかさなくていい。俺はこう見えても仮にも元王宮衛士だ、なんとなくそういうのは分かるさ」
男はそう言ってニヤリと笑った。
ハリオは返事をせずに黙って男の次の言葉を待った。
「昨日はヤバいって思った。あのまま捕まって、そんで衛士とか憲兵とかに引き渡されるんじゃないか、そう思った。けど、あなたたちはそうしなかった」
言葉遣いが元衛士らしい言葉になってきている。
「俺の話を聞いてくれて、そしておそらく信じてくれた。そうでしょう」
「いや、まあ、それは」
「それから少し考えたことがある。最初は月虹隊隊長を脅してでも宮へ行って上の方に訴えよう、そう思っていた。それを止められていた」
「誰にです?」
「それはすまんが言えない。少なくともまだ今は」
男は静かに頭を下げる。
「だが、あなたたちに接触して、もしかしたら俺の言葉が上の方に届くんじゃないか、そう思った。それでこうして話をしに来ました」
「なるほど」
男の言い分をハリオは一応信じることにした。
「もしもよければ俺をあなたたちを寄越した人に会わせてほしい、そう思うが、それはまあ、そちらも無理でしょう?」
ハリオは男を信じるとは決めたが、それはあくまで男の「言い分」を信じるということで、自分たちが誰かに寄越されたということは認めることはできない。
「いや、何回も言いますが、俺は封鎖で出られなくなったただの職人、そしてあの子はたまたま宿をおん出てきて困ってる俺と知り合っただけの坊っちゃんだ、誰かに寄越されたわけじゃない」
ハリオはきっぱりと男の言葉を否定する。
「いや、分かってます。あくまで俺がそう思ってるだけです。でも、その結果、このことが上の方に届けばそれでいい」
男はそう言ってハリオにそれ以上を言わせなかった。
「でも、ちょっと気になるんですが」
「なんでしょう」
「さっきの話だと前の王様を連れ出した誰かってのは、今の王様に対抗する人たちの誰かってことですよね? だったら前の王様は殺されてるってのは矛盾してきません?」
「さっきも言いましたが、あくまでその元王宮侍女が連れ出したのかも、というだけです。もしかしたら今の王様がそうやって父親を誘拐された、それを自分に対する勢力の仕業と見せかけようとしているだけという可能性もあります」
「そのへんはあんたらにも分からんってことですか?」
「今も残る王宮衛士からその話を聞いただけだ」
「そうなんですか」
「そうです。今分かっていることは、幽閉されていた前国王が行方不明なこと、その幽閉された部屋で元王宮衛士の姉である元王宮侍女の亡骸と、今の国王への恨みのための自害であるという手紙が残されていたことだけです」
「ふうむ」
何がなんだか分からなくなってきたな、とハリオは思った。
「その事実をどうぞ上に知らせていただきたい。きっと王宮からその
その通りであった。ハリオが聞いたのも前国王が行方不明になり、そのために宮が封鎖されたということだけであった。
「なんだかずいぶんと複雑みたいで」
ハリオは困ったように男にそう言う。
「俺が気になったのは王様が自分の父親を殺した、その噂ですよ。あんたの言い方聞いてたら、実はそうじゃないって知ってるみたいで。実のところはどうなんです」
「それは……」
ハリオの質問に男が口ごもる。
「実際のところは分かりません。ただ、そういう話があるというだけで」
「じゃあ本当のところは王様が行方不明、そんだけなんですか?」
「ええ、それでも
「そりゃまそうだな」
男の言葉にハリオが少しだけふっと苦笑を浮かべた。
「で、なんでその大事を殺された、とまで言う必要があるんです?」
「それはその可能性が高いと判断したからです」
「ほう」
「この流れだけ見ると誰かが国王陛下を連れ出した、そう見るのが大方の見解ですが、それは皇太子の罠だと」
「罠?」
「ええ、陛下が逃げ出したと噂を流し、自分は関係ないところで消えてしまった、そういうことにしたいのだと」
「ああ、自分は国王の失踪には関係ない、そうしておいて実は殺した、そういうことですか」
「そうです」
「う~ん……」
ハリオが腕を組んで一つ考えてから続ける。
「それやる意味、あるかなあ」
「なぜです」
「だって、自分の評判落とすだけですよ、それ」
「いや、自分は関係ないと」
「それ、そんなに素直に信じるんですか?」
「いや、だって仮にも皇太子、国王と呼ばれる方の言葉ですよ?」
「いや~ははははは」
思わずハリオは笑ってしまった。
今いるあの部屋で、アランやディレンと話をしている時にアランがこう言っていた。
「トーヤが言ってました、この国の人は本当に素直で純粋だ、神様や王様のことを疑うってことがほとんどないって。そんな中でこういうことやる奴ってのは、そんだけの曲者だって」
本当だった、そう思って思わず笑えてしまったのだ。
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