8 侍女の姉、衛士の弟

 ハリオとアーリンが広場で適当に何かを食べたり飲んだりしながら様子を見ていると、やはり昨日と同じぐらいの時刻にあの男が現れ、集まって話をしている男たちに混ざって同じような話を始めた。


「来ましたね」

「そうだな」


 ハリオはアーリンに返事をすると、手に持った飲み物をグビリと飲み、


「自分のやっていることにやましさを感じていない、正しいことをやってるという自信があるからだな」

「そうなんですかね」

「じゃ、ちょっと行ってくるか」

「って、えっ、なんで!」


 少し離れた場所から様子を見るつもりだったアーリンを残し、とっとと男のそばに近寄った。


「昨日はどうも」


 そう言ってハリオが男の隣に座る。


「いや、こちらこそ」

「色々と面白い話が聞けました。なので今日もこちらで拝聴します」

「そうですか」


 男はハリオに向かって晴れやかに笑い、周囲の男たちに話を続ける。


「だからな、確かに新しい王様は立派な方なんだとは思う。見た目もお美しいし、学問ができるだけでなく武術の心得もある。民にもお優しくて色々な話を俺も聞いた。だけどな、その一点、親をないがしろにして、その上もしかしたら、なんてこと聞いたら知らん顔できるか、え?」


 やはり周囲の者たちをあおる言葉、今の国王がどれほど非道かを植え付けるような言葉を繰り返す。

 そうしてしばらくそんな話を続けた後、男はさも世間話が終わった、という感じでまたどこかに姿を消してしまった。

 帰りがけ、ちらりとハリオを見て、軽く手を振ったが、それ以上何もする様子もなく消えていった。


「どうでした?」

「いや、昨日と同じ話だったよ」

「そうですか」

「もしかしたら、他の仲間は他の場所でやってるのかも知れないな」

「それか、時間を変えてやってるかも」

「そうかもな」

 

 ということで、ハリオとアーリンはその後、人が集まりそうな市場やたまり場のような場所をふらふらと歩き、やはりそのような男があちらこちらで同じように話をばらまいているのを確認すると、昨日の空き家へと戻った。今度は食べ物を多少手に入れて。

 

 そうして2人で夕食を食べ終わって話をしていると、扉が誰かによって叩かれた。

 警戒しながらのぞき窓からのぞいて見ると昨日の男だ。


「どうします?」


 アーリンがハリオに聞くが、これは扉を開けるかどうか考えどころだ。

 もしも男が誰かを連れてここに来ているのなら、2人を捕まえるとか暴力を振るう、最悪命を奪うなどの可能性もある。


「この家、裏口ありますよね、そっちに誰かいないか見てきて。そんで誰もいなかったら外へ出てそのまま逃げて」

「ハリオさんは!?」

「こういう場合、一番けないといけないのは2人共やられることだから」

「って!」

「いいから、後ろを見ずにそのままどこでもいいから逃げて。最終的にはダルさんに連絡取れるようにして、そんでここに戻るのは誰かと一緒に。絶対に1人では戻らないように」

「でも!」

「いいからさっさと、ほれ、かえって邪魔になる!」


 アーリンはハリオに突き飛ばされ、仕方なく裏口から外を見て、誰もいないようなのでそっと家の敷地から外へ出た。


「えっと、何の用です?」


 ハリオがアーリンが逃げる間の時間稼ぎのように男に聞く。


「いや、昨日世話になったから」


 男がそう言って何かが入った紙袋と酒瓶を掲げて見せる。普通に考えるなら袋の中身は食べ物だろう。


「1人ですか?」

「ああ」

「申し訳ないけど、一応警戒してる」


 ハリオが正直にそう言うと男が苦笑した。


「そうだろうな。けど本当に一人です、入れてもらえませんか?」


 ハリオはもうアーリンがこの家を離れるには十分な時間を稼げたと考えて、扉を開けることにした。


「どうぞ」

「お邪魔します」


 男は言葉の通りに1人だった。


「本当に1人でしたね。もしかしたら仲間を連れてきて昨日の仕返しでもしにきたのかと」

「なんで」


 男はそう言って笑いながら家の中に入り、昨日と同じ席に腰をかけた。


「昨日の若い子は?」

「家に帰りましたよ。ここ借りてるのは俺だけだし」

「ああ、そういやそう言ってたか」


 男は紙袋から酒のつまみになり、それなりに腹も満たしそうな食べ物をいくつか取り出す。


「皿、とか、ないんでしょうね」

「あ~どうかな。何しろ飯も買ってきたのそのまま手づかみで食ってそんだけだし」


 男はハリオの答えに高らかに笑った。


「豪快だな。そんじゃ、昨日の礼に一杯やりましょう、もちろん手づかみで」

「いや、その礼っての」


 ハリオが気難しい顔で答える。


「色々聞いてもらってすっきりしました」


 男が晴れ晴れとした顔でそう言う。


「俺だってね、好きでこんなことしちゃいませんよ。けど、あまりにもひどい。昨日は言えなかったことがまだあるんです」


 そうして男が話したのは、例の元王宮侍女と王宮衛士の話だった。


「えっと、じゃあ、その姉って人が王様を逃して自害した、そう言うんですか」

「分からんが、とりあえず前王様の部屋に残っていたのはその亡骸なきがらと自害するとの遺書だけだったらしい」


 男が吐き捨てるように言って酒の入ったカップをあおった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る