7 通りすがりの疑問

「それで、あんたはこれからどうします?」


 ハリオが静かにそう聞いた。


「どうって……」

「もう聞きたい話は聞いたし、帰ってもらっていいんですが」

「え!」


 アーリンが驚いてそう言うが、ハリオがアーリンにうなずいて黙るように目配せして続けた。


「さっきも言いましたが、どういう話があるのか、なんでそうなってるのか聞きたかっただけで、俺らはあんたや、あんたにそういうことやらしてる人をどうこうってのはないんですよ」

「…………」


 男はハリオの申し出に少しばかり考え込んでいるようだったが、


「てっきり、あんたらは衛士とか憲兵とか、もしかしたら月虹兵で、この後は仲間が俺を捕まえに来るのだとばっかり思っていた」


 そう言った。


「いや、違いますよ」


 きっぱりとハリオが否定する。そのことにアーリンが黙ったまま驚く。


「だから、このまま帰ってもいいし、もう時間も遅いからそのままここで朝までいてくれてもいいし、どうします? って、そんなこと言う俺もここにお世話になる居候いそうろうの身の上ですが」


 男はしばらく黙って考えていたが、


「朝まで世話になります」


 そう言って頭を下げた。


「そうですか。そんじゃ、この人も泊めてあげてもいいですよね? 事後承諾になっちまったけど」

「あ、ああ、それは構いません」 


 そう話が決まり、2階の部屋に男が、1階の寝室にハリオとアーリンが寝ることにした。


「まだ借りると決まったばかりで何もないけど」


 アーリンがそう言って、手元にあった少しばかりの食べ物を3人で分けて食べ、それぞれの部屋に入って朝までその後は何も話さずに寝てしまった。


 翌朝、ハリオとアーリンに頭を下げると男はどこかに消えていった。


「よかったんですか?」

「何が?」

「何がって、あのまま行かせてしまって」


 アーリンが不服そうにハリオに言う。


「だって、おたくの隊長、ダルさんが、どうしてそんなことをしたかだけ分かればいいって」

「いや、それは言ってましたが」


 ハリオは知っている。ダルたちがもう予測をつけているその相手が神官長であることを。ダルだけではなく同室のアランや他の秘密を共有する者たちからもそう聞いていた。それであまり深く追求してこちらのことがばれてはいけないと、あくまで通りすがりの人間が疑問に思ったことを聞いただけ、までにしておこうとなったのだ。


「命令があったら言われたことだけする、余計なことをして事を荒立てるのは得策じゃないでしょ」

「でも……」


 なおアーリンは不服そうに言うが、まあそれも仕方がないことだろう。


「そりゃそうと、あの男は今日もあの噂を広めに広場に行くと思う?」


 ハリオがアーリンに質問をして話を変えた。


「うーん、どうでしょうね」

「それとも他の奴が来るか、それを確かめた方がいいよね」

「ああ、まあ、そうですかね」


 ということで2人は今日も昨日と同じぐらいの時刻、午後から夕方近くの時刻にあの広場に行くことにした。


「その前にちょっとリルさんにお礼を言いに行きたいんだけど」


 ハリオの申し出で2人でオーサ商会に挨拶に行くことにした。

 もちろん、途中で道を変えながら、誰かに後を付けられないように気をつけながら。


 その上でハリオはリルと2人で話したいとアーリンに部屋から出るようにと頼んだ。


「いや、だめだって! リル姉さんは人妻で、そんで今は身重の体だよ、そんな状態で見知らぬ男と2人で会わせたって知られたら、俺、アロおじさんにどれだけ叱られるか分からないよ! もちろんマルト兄さんにも!」


 アーリンはそう必死に主張をしたのだが、


「大丈夫だから出てなさい、大人の話があるんだから」


 と、リルの鶴の一声でさっさと部屋の外へ放り出されてしまった。


 一応アーリンには、


「宮の侍女のミーヤさんからリルさんに秘密の伝言があるので」


 と、それらしい理由はつけておいたが、アーリンはハリオを恨めしそうに見て、いやいや部屋から出ていった。


「ミーヤからの伝言は本当なのかしら」

「ええ、変わりはないか、って」

「まあ、確かに伝言ではあるわね」


 リルはハリオの持ってきた「秘密の伝言」に思わずクスッと笑った。


「それで、アーリンを追い出した本当の理由は?」

「いつまたあれがあるか分からないから、機会があればリルさんと2人になってみてほしいとアランが」

「やっぱり優秀ね、あのトーヤのお弟子さんは。私も何か理由をつけてちょっとそういう時間を持った方がいいかもとは思っていたところだったの」


 あの空間に呼ばれるのは、全員が揃って集まれる時だけだ。なのでできるだけ揃う機会は逃したくない。まだまだ知りたいことがたくさんある、聞かなければいけないことがたくさんあるだろうから。


「いや、リルさんもさすがです。なんでしょう、すごく肝が座ってて、色々と話をうかがってたリルさんのイメージそのままで頼もしい」

「お褒めにあずかり光栄だわ。でもやっぱり、あまり知らない人のはずのハリオさんと2人きりで部屋で長時間というのは、世間的に問題ありそうね」


 リルがこの家から動けない今、宮から出たハリオがここに来るしか方法がなくそうしてみたのだが、結局その時には召喚はなく、ハリオはアーリンともう一度あの広場へ足を向けることになった。

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