6 忠誠を誓った者

 一度正直に自分のことを語ってしまったからだろうか、元王宮衛士と名乗る男は、その後ランプが灯った小さな家の居間で、とつとつと自分が体験したこと、どうして今のようなことをしているのかなどを語り始めた。

 もしかすると、ずっと長い間、誰かに聞いてほしいと思っていたのかも知れない。神の前で懺悔ざんげする人のように、誰にも視線を合わさず目の前にいる神だけを見つめているかのような真摯しんしな姿勢、とても嘘を言っているようには思えない。

 それをハリオとアーリンは時々相槌あいずちを打ちながら、男が話し終えるまでじっと聞いた。


「そういうわけでな、ある方に言われたんだ、思うところを宮へ行って直にマユリアやシャンタルに訴えるようにってな。そうすれば宮から王宮に命令してもらえるって」

「命令って何をですか」

「もちろん王さまの交代だよ」


 ということは、この男は真剣に前の王様に戻ってもらいたくてあんなことをしていたというわけか、とハリオは黙ったまま驚いていた。


「そんな簡単に王様の交代なんでできるんですかね……」


 アーリンがハリオが思っていてくれたことの代弁をしてくれた。


「できるとも。実際、今の王様はあっという間に父親を引きずり下ろしたじゃないか」

「いや、それは何年もかけて準備をした上でのことですよね」

「ああ、それは分かってる。だから宮から命令してもらってその出来事が間違いだ、そう言ってもらって元通りにしてもらおうって言ってるんだ」

「うーん……」

「そういえば」


 アーリンが答えに困り考え込む横から、ハリオがいかにも今思い出した、という風に入り込んだ。


「今思い出したんだけど、あんた、前にあの広場で月虹隊隊長って人になんか言ってた人?」

「ああ、そんなこともあったな」


 言われて男は心当たりがあるように軽く認めた。


「あの頃はまだ王都に来たばっかりで月虹隊だのなんだのってよく知らなくて、そんで今もあまりよくは知らないんですが、あの時はなんだか詰め寄って色々言ってましたよね」

「そうだったな」

「うーん、分からんなあ」


 ハリオが首を捻って不思議そうに続ける。


「あの時はああして自分から近寄って行ってたのに、今回はなんで逃げたんです?」

「そうですよね、この前も俺が話聞いてたら月虹隊隊長がいる、ヤバいって逃げてましたよね」

「そうだな」

「なんで逃げたんです? 前みたいに近寄っていかなかったんです?」

「それは状況が変わったからだよ」

「状況が?」

「ああ。王宮に幽閉されてた前の王様が行方不明になったんだよ」

「へ?」


 ハリオが知っていて初めて聞くような顔でそう反応した。

 アーリンはキリエへの報告の時にダルから「前国王が行方不明かも知れない」と説明されてはいたが、それまでそんな話は全く知らなかった。一般の民が知ることがないはずのことをこの男が知っているということに少しばかり驚く。


「えっと、そもそも幽閉されてたんですか?」


 ハリオがまた聞き手を交代して質問する。


「俺はそう聞いている」

「誰からです?」

「それは……」


 男は少し考えたが、


「今も王宮にいる王宮衛士からだ」


 そう答えた。


「えっ、それって今の王様にクビにされなかった現役の王宮衛士ってことですか?」

「そうだ」

「って、その人は今の王様に仕えてる人なんですよね? 信用できるんですか?」

「できる。そいつらは」


 と、男は相手が1人ではないと暗に伝えてきたようだ。


「王宮の鐘が鳴ったあの日、いきなり同僚に詰め寄られたそうだ。これからも国王に仕え続けるか、それとも皇太子に忠誠を誓うか、どちらか選べってな」

「それは……」


 ハリオもアーリンもその状況を想像してなんとも言えなくなった。

 それはそうだろう、今まで同僚だと思っていた、共に王宮に忠誠を誓おうと言っていた仲間に突然そう言われ、もしかしたら剣を突きつけられたかも知れない状況だ。


「それまでに俺たちのように忠誠心が強くて邪魔になりそうなのは既に排除されてたからな、残った者たちは新しい王に忠誠を誓う、そういうことになったそうだ」

「で、そのうちの何人かがそういうことを知らせてくるってことなんですね」

「そうだ。そもそもそんな風にして我が身かわいさで忠誠を誓ったような奴らだ、その後でそれでよかったのかと考えることになった」

「なるほど」


 男はその時に一時的にでも、心を偽っていたにしても、そうして鞍替えした元同僚たちに憎々しげにそう言った。


「そんでな、そういうやつらが今になって目覚めて情報を流してきてる」


 そういう仕組みかとハリオが心の中で納得し、


「そうでしたか。で、その話をあんたたちに流してきてるのは誰です」


 ズバリと切り込む。


「それは言えん……」


 さすがに男がこの部分では口を閉ざし、そのまま話さなくなる。


「そうですか。まあ、あんたもその人に恩義もあるだろうし、そこは無理やり聞いたりはしませんよ、安心してください」


 ハリオが男にそう言うのを聞きアーリンが驚いた顔になる。アーリンとしてはその首謀者まで聞き出しす心積もりだったのに、なぜハリオがここでやめるのかが分からない。


「大丈夫ですよ、安心してください、聞きません」


 アーリンの心を知ってか知らずかハリオがもう一度そう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る