8 「リュー」と呼ばれる男

 ディレンは「リュー」の様子を伺いながら、船員からリュセルスの様子を聞いた。


 このところ街の住民たちが小さなことでぶつかっていること、そのために憲兵隊や月虹隊が街の巡回を増やして気をつけてはいるが、それでも争いがなくならない、それどころか増えていること、そしてしばしばケガ人や逮捕者が出ていることなんかをディレンに聞かせてくれた。


「いやあ、何回かシャンタリオには来てるし、その度にリュセルスにも行ってますが、こんなことは初めてですよ」

「俺もだ。だが、シャンタル交代ってのがあるらしいから、そのせいかも知れんな」

「そうかも知れませんねえ。けど、普段はあんなに穏やかなリュセルスの人たちが、交代ってだけであんなになるもんなんですね、びっくりしましたよ」

「そうか」

 

 アルロス号は前任の船長の頃から何度もシャンタリオへは来ているが、ディレンが船長になってからは交代の時期に来るのは初めてだ。ましてや、封鎖に引っかかって長く足止めを食うなんてことも。

 船員の中にはディレンより早く、前回の交代の年にはもうアルロス号に乗務していた者もいたが、ちょうどその時にはこちらに来ていなかったらしく、どんな状態だったかは分からないと言う。そしてそのさらに十年前にいた者はなかった。


「つまり、今、この船に乗ってる中で交代の時のことを知るやつはいないってことです。だから、いつもこうなるのかどうか分からないってことですね」

「そうだな」

 

 ディレンはそう相槌を打つと、ふと思い出したように「リュー」に話しかけた。


「リューはもちろん交代は初めてじゃないよな」

「ええ」

「いつもこんな感じになるのか?」

「いえ」


 「リュー」は船長の質問にきまり悪そうに短く答えた。


「いつもはどんな感じだ?」

「いつもは特に変わりはないです。封鎖の間は落ち着かないこともありますが、時代様が無事にご誕生になられたら、後は交代の日を待つだけですから」

「そうか。じゃあ、今の状態は普通じゃないってことになるな」

「そうですね」

「なんでだと思う?」


 船長の質問に「リュー」は少し考えてから、


「色々と原因はあると思いますが、やはり王様の無理な交代でしょうね」

「ああ、そういやもめてる原因も、どっちの王様の方が偉いか、ってことでしたよ」


 街の話を持ってきた船員も「リュー」の言葉に思い出したようにそう言った。

 

「そんだけじゃなくて、なんか、女神様を取り合ってるって話だったぞ」

「ああ、俺も聞いた。すげえべっぴんだそうだな」

「そういや船長はその女神様のお茶会に呼ばれたんでしたよね、どうでした?」

「え?」


 船員たちの話に「リュー」が驚いてディレンを見る。ディレンは話の成り行きに少しばかりしまったな、と思ったが、ここは知らない顔で流すしかないだろう。


「ああ、そりゃもうすごかった。ありゃべっぴんなんてもんじゃない。なんてのか、まさに女神様だったよ。もう少しで息をするのを忘れるぐらいだったなあ」


 ディレンの言葉を聞いて船員たちがどよめく。


「いやあ、それは俺らも会ってみたいもんだ」

「船長だけずるいですよ」


 船員たちがそう言ってわいわいと騒いでいると、「リュー」が黙ってすっと席を立った。ディレンには、どうして「リュー」がこの場を離れたのかがなんとなく分かった。


 船員たちにはマユリアは単なる美人でしかない。アルディナの神域でも、女神アルディナの絵や像を見て、下衆な反応をする者は少なくはない。だが、ここシャンタリオの神域では、シャンタルとマユリアは特別な存在だ。そんな風にはやされるのがたまらなかったのだろう。


 ディレンは船員たちの話の輪から外れると、「リュー」の後を追った。

 

「よう」


 船の手すりにもたれてリュセルスを見ていた「リュー」に声をかける。


「すまなかったな、嫌な気持ちになったんじゃないか?」

「いえ、まあ……」


 言葉少なにそう答えてから、「リュー」は、


「それよりも、お茶会というのが気になります」

「そっちか」

 

 ディレンは「リュー」の言葉に苦笑した。


「いやな、街で噂になってたんだが、中の国からの貴婦人っての、知ってるか?」

「ああ、エリス様という方ですね」

「それだ。俺がこの船でそのエリス様をここまで届けたんだよ。それで、その関係でついでにお茶会ってのに呼ばれたんだ」

「そうだったんですか。ですが、それにしてもそんなことがあるなんて、とても信じられません。それに、やはり船長はただの人ではなかった、そう思いました」


 そう言って「リュー」と呼ばれる男の顔は元王宮衛士の顔に戻った。


「ただの人だよ」

「ですがマユリアと直接お目にかかるなど、ただの人にできるはずもありません」

「うーん、困ったなあ」


 ディレンは眉間にシワを寄せた。


「俺は、まあ、エリス様のおまけみたいなもんだったんだよ。シャンタルが中の国から来られた貴婦人に興味を持たれて、それで話を聞いてみたい、とそんなことになっちまったってだけでな」

「シャンタルにもお目にかかったんですか!」

 

 元王宮衛士の男が驚いてそう声を上げたが、その目には再び怪しい光が宿っていたため、ディレンはもう一度、しまったなと思った。

 

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