12 恨みつらみ

 キリエの言葉にトーヤは困って黙り込む。


『あなたは思い違いをしています』


 さざめく光を思い出す。


『あなたはあなたが選ばれたと思っているようですが、選んだのはあなたなのです』


 ついさっきのことだ、そう言われたのは。


 トーヤは自分でも理由は知らねど何かによって選ばれたのだとばかり思っていた。

 だが、その選んだ本人であろうと思っていた存在から否定されてしまった。


「ま、まあ、あれだ」


 どう言っていいのか分からないのでとりあえずそう言う。


「まあ、世の中には色々あるというこった」


 続けるが、自分でも何をどう言っていいのかよく分かっていないので、そんな感じになってしまった。


「そんで、なんだっけか? えっと、あ、そうだ、セルマだよ」

「はい」


 トーヤは話が元に戻ってホッとする。


「えっと、セルマだよな?」

「ええ」

「危ねえかもな」

「どのようにです」

「それは分からん」


 きっぱりとトーヤが言う。


「けど同類だと思われちまったみたいだ」

「同類?」

「そうだ。自分らと同じ恨みつらみを抱えてる存在、仲間だ、そう思われたみたいだな」

「それは、どうなるのです」

「分からん」


 もう一度きっぱりとトーヤが言う。


「分からんが、気にはしといた方がいいと思う」

「…………」


 キリエが少し考えた風にしたが、


「ミーヤが気になります」


 そう言う。


「なんでミーヤが」

「セルマと同室にしています」

「え!」


 今まで落ち着いていたトーヤが驚いて声を上げた。


「それは、どうなると思います」

「いや、それは」

 

 トーヤにも分かるはずがない。


 もしも、セルマに何かあったらミーヤにも何かあるかも知れない。

 だが「何か」ってなんだ?


 あの「シャンタル宮の闇」がセルマを仲間だと思っているのはなんとなく分かった。

 だが「仲間」ってなんだ?


 あの闇は長い長い月日、あの懲罰房で流された涙や血を吸収して、濃縮されて、侍女にだけ聞こえる水音という形で想いを伝えてきている。

 だがそれがなんだ?


「あの水音」


 トーヤが考え込んでいるとキリエが口を開いた。


「以前は聞こえなかったと思います」

「え?」


 キリエの言葉であの時の、あの一瞬で自分の中に流れ込んできたたくさんの事象から、ある一場面を思い出す。


「そういやあんたがあの部屋に入ってる場面も見た。なんで入ったんだ?」

「侍女頭を継承する時の儀式のようなものです」

「なんだそりゃ」

「懲罰房のあの真ん中の部屋のことは代々の侍女頭と、その近くのごく少数の侍女にしか知らされません。それは『言ってはならぬこと』だからです」

「それでどうする」

「あの部屋で丸一日を過ごします」

「え!」


 トーヤが驚いて声を上げる。


「あの真ん中の部屋でか!」

「そうです」

「なんだそりゃ!」


 トーヤはあの一瞬で押しつぶされそうになったというのに。


「なんでそんなことを」

「次の侍女頭候補になった者はあの部屋で一日過ごします。過ごせなかった者は重責に耐えられないとして侍女頭にはなれません」

「そんであんたは耐えたんだな」

「というか、何も感じませんでした」

「は?」

 

 あの重い空気をか?


「今にして思えばですが、あそこの侍女たちから見て、自分より幸せではない者と思われたからかも知れませんね」

「あんた……」


 一体どんな生き方をしてきた人なんだ。

 目の前の鋼鉄の侍女頭を見て、トーヤはあらためてそう思った。


「ですから、今さらセルマの想いのいくばくかを投げつけられたからといって、私には何も影響もありません」

「そうか」


 なるほど、と少しだけトーヤは理解できた気がした。


「女だけの宮、女だけの空間、そこで一生過ごすんだもんな。そういうのに負けるような人間にその頂点は務められねえってことか」

「そうでしょうね」

「いつから誰が決めたことか知らねえけど、なかなか厳しい試練だなあ」

「何も感じませんでしたから」


 キリエが少し困ったようにそう答える。


「いやいや、いいって。なんかあんたらしい、うん」


 トーヤが思わずそう言って笑う。


「そんで今回は聞こえたんだな?」

「はい」

「マユリアにもリルにもミーヤにも、そしてセルマにも聞こえた」

「はい」

「ってことは、今はその基準、自分より幸せか不幸か、もしくはその他の理由か、なんかそういうのがなくなったってことか?」

「分かりません」

「あんたは今はどうだ?」

「どう、とは?」

「幸せか?」

「幸せ……」


 思わぬ言葉にキリエが考え込むが、少ししてはっきりと答えた。


「ええ、幸せです」

「ほう〜」


 トーヤが興味深そうにそんな声を出した。


「それはなんでだ?」

「おそらく、八年前の出来事があったからでしょう」

「ほう〜」


 また同じ声を出す。


「なんでだ?」

「色々な人と知り合い、色々なことを乗り越えたからでしょう」

「ほうほう」


 少し変わるが調子は同じだ。


「特に最近はベルさん」


 キリエが思わず思い出し笑いをする。


「なんでしょうねあの方は、一緒にいるだけで元気になれる。あんなに笑ったのは生まれて初めてです」

「あいつか〜」


 トーヤがクツクツと楽しそうに笑った。


「バカだけどな、あいつの中には自分の運命に対する恨みつらみってのが一切ないからな。あの部屋に一番嫌われそうなバカだ」


 そう言ってさらに楽しそうに笑う。

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