11 光と闇を知る者

 キリエが無表情のままトーヤの話を聞いている。


「なあ、次の侍女頭ってのはその時の侍女頭が指名するんだってな」

「そうです」

「あんたもそうやって指名されたんだな」

「ええ」

「ってことは、セルマは自分が指名されると思ってるってことか?」

「分かりません」

「もしくは、もうあんたは無視で神官長ってのが勝手に決めるつもりなのかも知れねえな」

「そうかも知れません」

「ま、話は戻すが、まあその侍女はもう一人の評判を落とせば自分が指名される、そう思ってそういうことしたんだが、運悪くそれを隠すところを他の侍女に見られちまった。それで侍女頭にきつく叱りおくってことで、懲罰房で一日反省しろって言われて入ったんだ。その時にはもう真ん中の部屋は閉鎖してたみたいだから、例の事件より後なんだろうな」

「そうですか」

「そうして一日で出てきたものの、その時にはもう宮中にその話が広がってて、元の生活に戻っても針のむしろだ。すっかり信用を落として、それでも宮の中で生きていかなきゃなんねえ。何しろ次の侍女頭候補ってのになるほどの女だからな、それがもう苦痛で苦痛で仕方ねえ。そうしてる間に侍女頭の交代があって、もう一人が選ばれた」


 トーヤが一息ついてキリエを見た。


「あんたの時もそういうライバルってのいたのか?」

「どうなんでしょうね、伺ったことはありませんし」

「もしも、他の誰かが侍女頭になったらどうしてた?」

「どうもしません。自分に与えられたお役目を務めるだけ」

「あんたらしいな」


 トーヤがうれしそうに笑った。


「そういう人間だったらそんなことしようとは思わねえよな、まず。だがな、そうしてでも選ばれたい、そう思ってた人間だその侍女は。それからはずっと新しい侍女頭を憎んで憎んで恨んで恨んで、だけどプライドが高くてそのことを表に出すこともできなかった」

「それは、苦しいことでしょうね」

「ああ、そうみたいだった」

「それで、なぜそれが自死よりひどいことになったのです」

「それな」


 トーヤがなんとも言えない顔になる。


「結局その侍女は何も言えないまま、黙って死ぬまで宮で過ごしたわけなんだが、そこそこ長生きしたようだ。侍女頭になったもう一人よりもっと、結構なばあさんになるまで生きて、その年月をずっとその侍女頭に死ね死ねって思い続けて、死んだらざまあみろって思い続けた」

「なんてことを……」

「それで、その想いが宮に、というか、懲罰房ってそういうのを集める場所だよな? あそこに凝縮されてる」

「それで水音が」

「まあ、その2人だけじゃねえけどな。他にも例えば一日だけお仕置きで入れられたとかだけでも、そいつらの悲しい、苦しい、悔しい、怖い、そういうの全部集まってるぜ、あの真ん中の部屋に。だが一番中心になってる芯の部分はその2人だ」

「では、セルマとミーヤは」

「なんか、ミーヤは大丈夫だったみたいだな」

「見えたのですか?」

「まあな」


 トーヤは無表情に答え、キリエも無表情に聞いたが、どちらも少しだけ安心している。互いにそれは分かった。


「だけどセルマな」

「どうしました」

「言いにくいんだがな、あんたに対してかなりの反感がある」

「存じています」

「そうか。そんで、まあ色々と思うところの多い人間だ」

「そうですか」

「危ないかも知れねえな」

「え?」

「あの部屋、懲罰房な。あんたが言ってた通りこの宮の中で一番穢れた場所だが、そんだけじゃねえ」

「というと」

「この国で、そんでシャンタルの神域でも一番穢れた場所でもある」

「それは……」


 さすがのキリエも思っても見なかった。

 言われてみればそういうことなのだ、初めて気がついた。


「シャンタル宮はこの国、この神域で一番清らかな場所、ずっとそうとだけ思っていました……」

「まあな」


 トーヤが苦笑する。


「けど、光が強ければ強いほどできる影は暗いって話もある」

「そうなのですね」


 シャンタル神の恩恵を一番感じられる場所、一番輝く場所、そのシャンタル宮だからこそ深い影ができるのだとキリエはようやく知った。


「長い間生きていますのに、そんなことにも気づかなかったとは……」

「まあ、仕方ないさ。昼間の人間は夜の闇の中ではぐっすりお休み中だからな」


 わざとトーヤがふざけた言い方をしたのだとキリエには分かった。

 自分の心を少しでも軽くするために。

 そしてそのことが素直にありがたく心に染みた。


「あなたは」


 ふっと思ったことが口から出る。


「光を知っている、闇を知っている、それなのに穢れてはいない。だからシャンタルに選ばれたのでしょう。やっとそのことを理解できた気がします」


 トーヤはキリエの言葉を驚いて聞いていた。


「あなたという人間を知りながら、それでもどこかで思わぬことではありませんでした。なぜ違う神域の、しかも娼婦の息子で娼婦に育てられた傭兵、その手を血に濡らして生きてきたあなたが選ばれたのかと。ですが、そうではなかったのです。それを知っているからこそ、神はあなたを選んだのですね。本当の意味で私は今ようやく、それを理解できた、そう思います」

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