10 伝説と真実

「もうかなり前のことだということだけはなんとなく分かった。一人の侍女が宮に出入りするお貴族様のご子息と恋仲になった。なかなか見栄えのいいべっぴんさんだ。多分目をつけた貴族のぼんぼんが声をかけたのが始まりだろう。気づけば深い仲になっちまっていた」

「そういう話でした」


 キリエがそう答える。


「そんじゃ合ってんだな。そんでな、その侍女はあろうことか子を身籠ってしまった。そのことが宮にばれて懲罰房に入れられることになった。ここまではいいか?」

「ええ、そういうことでした」

「そういう時、大抵はうまいことその相手とくっつけて、宮からおん出すことで体裁を保っていたが、この相手はかなりいい家のお貴族様で、そんな侍女のことは知らん、そう言って突っぱねて、知らぬ顔の半兵衛と決め込んだ。さあ、困ったのは宮だ。どうやってこの侍女の始末をつければいいものか。こんな不祥事が表に出たらえらいこった」


 キリエは黙ったままじっとトーヤの言葉に耳を傾ける。


「今じゃそこそこ年とって恋だの愛だの言い出さなくなってから、適度に枯れてから誓いを立てるようになってるらしいが、その頃はまだ、宮に入るちびの頃に一生宮に仕えますって誓いを立ててたんだってな」

「ええ、そうです……」


 キリエが認める。


「なんともむごいことしてきたもんだな。まあ、当時はそれもほまれ、侍女に選ばれる素晴らしさの方がずっとずっと勝ってて、そのあとのその子の人生のことなんぞ考えることもなかったんだろうさ。誓いを立てる本人だって、その重さも分かっちゃいなかっただろうしな」


 キリエはトーヤの言葉に自分の身の上を重ねていた。

 たった一度だけ、八年前にミーヤに語った自分の人生を。


「ええ、そうですね。思えばむごいことです。おっしゃる通り」


 トーヤはキリエのその言葉に何かを感じたが、とても何か返せるような、そんな空気ではないということも分かった。


「まあ、時代とか、なんかそういうのがあったんだろうよ」


 空気を変えるように言う。


「今だったらなんでだってことも、前はそれが当然ってことがあるしな。時代だけじゃなくて地域が変われば変わることもある。例えばエリス様だってな、ああいう人が本当に今も『中の国』にはうじゃうじゃいることだしな」

「そうですね」

 

 キリエが答えてくれたことでちょっとホッとして話を続ける。


「そんで困った困ったって言うばっかりで、誰にもどうすりゃいいか分からなかった時、その侍女、腹に子を持つ侍女が体調がおかしくなってきた。腹が痛む、キリキリする。これは腹の子になんかあったんじゃねえか、そう思って医者を呼んでくれと言ったが、なかなか呼んでもらえなかった。これはなんでかよく分からねえが、もしかしたら勝手に腹の子が下りてくれたら、そんな気持ちが上のもんにあったのかも知れねえな」

「気持ちですか。そのようなことは記録には残っておりません」

「そりゃ残さねえだろう」


 トーヤが皮肉っぽく笑う。


「まあ、なんでもいいが、結果として侍女の腹の子はだめになった。足元に流れる血を見ながら侍女は半狂乱になった。子どもを返して、あの人を返して。あの真ん中の部屋で荒れ狂った。そしてその挙げ句」


 トーヤは一度そこで言葉を切る。


「部屋の中にあったランプ、それを割って、喉をかき切って自分で命を絶った。俺があの時、あんたの部屋でやってみせようとしたようにな」


 キリエは表情を変えず、少しだけ俯いた。


「なるほどと思ったよ。あの時のあんたの慌てた様子。そりゃ誰だって目の前であんなことがあったら慌てるだろうけどよ、あんただったらあの場面でも鉄の仮面のままでいるだろうと今なら思う。その話を知ってたから、それでそれとかぶったんだろ」

「ええ、その通りです」


 あの時、通りたいのならば自分を殺せと言い放った鋼鉄の侍女頭が、一瞬にして顔色を変えたのだ。


「まあそのおかげでこっちはマユリアと会えたんだけどな。これがなかったら、もしかしたら俺は引くに引けなくなって自分の喉をこう」


 と、トーヤが右手の親指を喉元に当てて横に引く。


「しちまってたかも知れねえ」

「それはないでしょう」


 キリエが間髪かんはつを入れず言う。


「まあな」


 トーヤはそう言ってニヤリと笑うが、


「まあ可能性の話だ。絶対にないとは言い切れない」


 とも付け加えた。


「そうですね」

 

 キリエも認める。


「それと、権力争いに負けて冤罪えんざいでここに入れられて自死した侍女っての、あれは違う」

「え?」

「話は確かにあってる。だが冤罪じゃねえし、反省のために一日入れられただけで、その後は宮に戻ってる」

「そうですか」


 キリエはちょっとホッとした気持ちになった。


「けどな、それよりもっとたちが悪い」

 

 トーヤが顔をしかめる。


「その侍女、もう一人と次の侍女頭の座を争っててな、相手の評判下げるために大事な物を隠したんだ。大したことじゃないが、それであちらが責任を負ってくれたら自分が勝てる、そう思ってついやっちまったんだな。そしたらそれがバレた。悪いことってのはできねえもんだ」

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