16 宝飾品

「不愉快です」


 マユリアは一言だけピシャリと言った。


「これは失礼をいたしました」


 神官長は一応頭は下げたものの、


「ですが、これは真実なのです。これからのこの国のためにも最後までお聞きいただきたい」


 と、真剣な表情になって訴えた。


 マユリアは冷たい目でじっと神官長を見ていたが、


「分かりました、話をうかがいましょう。続けてください。ただし、ゆえなくシャンタルをおとしめるような言葉を続けることがあれば、わたくしはすぐにも席を立ちます。いいですね」


 と、一言念押しをした。


「分かりました」


 神官長はまた丁寧に頭を下げ、話を続ける。


「言い方が悪かったかも知れません。ご不快な思いをさせて申し訳ありません」


 もう一度さらに頭を下げた。


「ですが、それもある一面、本当のことを含んでおるということ、それは分かっていただきたいのです」

「本当の部分とはなんでしょう」


 マユリアは無表情でそう尋ねる。


「はい、ありがとうございます。お聞き下さい」


 神官長がまた頭を下げた。


「確かにシャンタリオは宝石や金、銀が豊富に産出され、先ほども申したように優れた職人の手から生み出される宝飾品や細工物などを求める外の国は多い、間違いはありません」


 神官長はマユリアの顔を伺うようにするが、特に変化は見られない。続けてもよいということであろう。


「ですが、外の国の方々がそれらを求めるのは、それだけが理由ではないのです」


 一言ずつマユリアの表情を確かめながら神官長が続ける。


「その産物がこのシャンタリオから産出されるものであること、このシャンタリオで生み出されたものであること、それがさらにそれらに価値を与えておるのです」


 神官長は何も言わぬマユリアの顔を見ながらこう付け加えた。


「あの、女神の国、生きる女神が統べる国、あのシャンタリオ産出の宝石を使った宝飾品」


 マユリアは何も答えない。


「そう付け加えるだけで、その価値が他の国よりもたらされた物の何倍、何十倍、時には何百倍もの価値を持つことになるのです」


 マユリアは何も答えない。


「実際に、海を渡って商売をする商人たちはそれを謳い文句に取引をし、莫大な富を得ているのです」


 相変わらずマユリアは何も答えなかったが、今の神官長の言葉には何か思うところがあったようだった。


「それから、物ではなく、託宣を求めてシャンタリオにやってくる人も少なからずおられます。それはご存知でいらっしゃいますよね?」

「ええ」


 マユリアが言葉少なに一言だけ答えた。


「特に中の国から、あのエリス様と同じ国からいらっしゃる高貴の方は多いのです」

「確かにそう伺っています」


 それは事実であった。

 マユリアがシャンタルの時代にも、中の国からの賓客ひんきゃくは時々あった。


「ただ、女性の方は珍しい」

「そうでしたね」


 多くは男性だけであったようにマユリアも記憶をしている。


「あの国はマユリアもよくご存知のように、女性はほとんど表に出てはいらっしゃいません」

「そう伺いますね」

「はい。それはなぜだと思われます?」

「なぜ……」

 

 問われてマユリアが少し考え、


「考えたことがございませんでした。単に、そのような文化のお国なのだとしか」

「はい、まさにその通りでございます。マユリアのおっしゃる通り、中の国では女性に対する考え方が全く違います。それはそのような文化の国だからです」


 神官長がうやうやしく答える。


「あの国では女性は男性の所有物、そう思っていただくとよろしいかと存じます」

「なんですって?」


 マユリアが驚いて聞き返した。


「はい、あの国では女性は男性の所有物なのです」


 神官長が同じ言葉を繰り返した。


 マユリアが息を飲んでじっと神官長を見ている。


「中の国から来られる高貴の方、富裕の方、その方たちがこの国を訪れる目的は、もちろん託宣を求めてです。託宣を求め、わざわざ大海たいかいを渡り、高額の寄進をしてまでシャンタル宮を訪れるのです」


 神官長はマユリアから視線を外さずに続けた。


「中の国ではシャンタルは特別な存在ではありません。数多あまたある神のうちのただお一人であるというだけの存在。もちろん神ゆえに尊いと思ってはいらっしゃいます。ただ、尊い存在とは思っていても、我が国の民のように深く敬愛し、信頼し、託宣の恩恵を我が事として知ることもない」


 神官長は一呼吸置いた。

 ちらりとマユリアの様子を伺う。

 マユリアは見たところは何の変わったところはない。


 神官長は心の中で手強てごわい方だともう一度思っていた。

 

「それなのにどういう理由でそのように大金を支払ってまで、わざわざ託宣を得ようとやってくるのか。お考えになったことはございますかな?」


 マユリアは少し時間をおいて、


「いえ」


 と、一言だけで答える。


「そうでございましょうな、お考えになる必要はございませんでした。我が国ではシャンタルとは、それほどに、考える必要もないほどに尊い存在。ですが、外の国から見るとそうではありません」


 神官長が表情を厳しく引き締め、マユリアに最後の厳しい言葉を届けるために口を開いた。


「中の国の方、中の国の男性は、女神を、シャンタルを、愛でる為にやってくるのです。その清らかな存在を、宝石や宝飾品、芸術品を愛でるように、その目で楽しむために」

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