14 反対側の行く先

 カースは落ち着いていた。

 前国王の復権を求める者と、新国王でよしとする者の声で混乱しているリュセルスのざわめきも、封鎖のためにこの静かな村にまで届かずにいるからだ。


「おはよう、よく眠れたかい?」


 温かい寝床の中で目を覚ましたベルは、柔らかい女性の声に一瞬混乱したが、すぐに思い出してぱっちりと目を開けた。


「ばあちゃん、おはよう」

「おはよう」

「なんか、いい夢見てたんだけど、目、覚ました方がもっと夢みたいだった」


 ベルの言葉にディナの時を刻んだ顔がさらにシワを深める。


「そうかい、いい夢の邪魔したんじゃなかったらよかったよ。さあ、朝ご飯だ、起きてあたしらも行こうかね」


 広間に行くとすでにトーヤとシャンタルが来て座っていた。


「おっせえなあ、どんだけ寝てんだよ」

「るせえな、トーヤみたいな年寄りと一緒にするなよな、いでっ!」


 お約束の朝の一発。


「おはよう」


 シャンタルがクスクス笑いながら挨拶をする。


「おはよう、んっとにいてえんだよ、このおっさ、いで!」


 全く懲りないベルである。


 朝食は魚のスープとパンという質素なメニューであった。


「ごめんよ、こんなのしかなくて」

「何言ってんだよおっかさん、すげえおいしいよこのスープ、さすがカースの魚はうまいんだな」

「本当にすごくおいしいです。味に深みがあって」


 ベルとシャンタルが口々にほめ、ナスタが少しホッとした顔になる。


「それで」


 村長であるダルたちの祖父が食事が一段落した時に切り出す。


「これからおまえさんたちはどうするつもりなんじゃ? そしてわしらはそれをどう手伝えばいい?」

「うん……」


 トーヤがカップの水を飲みながら黙ってしまう。


「なんじゃ」

「うん、いや、あのな、正直、まだどうしていいか分かんねえ」

「なんじゃと」

「うまくいってると思ってたんだけどな、いきなり状況が変わっちまって、宮から飛び出すようにして逃げてきて、そんでちょっとした知り合いのところ頼ってったものの、そこもまたおん出てきたような始末だからなあ」

「たよんねえなあ」


 ダルの次兄のダリオが呆れたように言う。


「いや、だってな、兄貴、あそこで兄貴に会ってなかったら、今もあのまま洞窟の中で迷ってたかもしんねえぜ?」

「ほんとかよ!」

「まあ、さすがにそこまではないと思うが」

「おい」


 どんな時にも、つい、こういう冗談ははさんでしまう。


「けどな、困ってたのは本当だ」

「ほんとだぜ、どうすんだよって聞いたらトーヤ、誰か教えてくんねえかなって言ってたし」


 ベルも横からそんなことを受け合ってくる。


「それで困ってたら誰かが入ってきて、それがダリオさんだったんだよね」


 シャンタルが自分の名前を口にするのを聞き、言われたダリオが一瞬身を固めてしまった。


「だから、おそらくだけど、天がダリオさんを迎えによこしてくれたんですよ」

「あ、あの、そうなんですか」


 まるで自分が天の使いと言われたようでドギマギするダリエを見てシャンタルがクスリと笑い、それを見たダリオがまるで背中に棒でも入っているかのように、ピシッと姿勢がよくなってしまった。


「そうだな、そういうことなのかも知れねえな」


 トーヤがそんな二人を見てえらく真面目にそう言う。


「じいさん、俺はもう根性決めた。この村に迷惑かけたくないと思ってたけど、かけさせてもらう」

「何を言ってんだよこの子は!」


 いきなりの背後からの声に思わずトーヤがビクリとした。


「まだそんなこと言ってんのなら、もう一発張り倒すよ」

「いや、勘弁」


 トーヤが笑いながらナスタに両てのひらを見せ、小さく左右に振って見せた。


「だからまあ、話すかどうか考えてたことをまず一つ話すよ」

「なんだい」


 昨夜のように、広間に村長一家とトーヤ、シャンタル、ベルが集まって輪になって座り、話が始まった。


「まずな、あの洞窟、カースのみんなは海の方の行くのに使ってるけど、反対はどこに続いてるか知らねえんだよな?」

「ああ、まあ、そうだな」

「何しろ王宮に続いてる、ってな話があるからな。恐ろしくて行けるわけねえよ」


 サディとダリオがそう言ってうなずいた。


「あれな、シャンタル宮の聖なる湖まで続いてるんだ」

「なんだって!」

 

 あまりのことにダリオが思わず立ち上がってしまった。


「そうか。それでそこを通ってシャンタルを連れて逃げた、そういうことなんだね」


 ダリオを無視したままナスタがそう納得する。


 昨日、湖に沈められたシャンタルを助けて逃げたことは一応説明してあったが、どこを通って逃げたとかは話していなかった。


「ああ、そうなんだ。今回もシャンタルとベルは奥様と侍女の扮装のまま、そこを通って街まで逃げてきた。そんで、俺とアランは、ベルの兄貴のな、は宮の隙を突いて正面突破で街まで逃げた。それってのも、あそこのことを知られちゃいけなかったからだ。もしも俺らが捕まっても、シャンタルには逃げ切ってもらわねえといけなかったしな」

「うん。シャンタルと一緒に宮から飛び出して走って逃げたけど、誰もそんなとこにそんなもんがあるって知らないから、すんなり逃げられたよ。あそこは絶対秘密にしとかねえとヤバいよな」


 トーヤの言葉にベルもそう続けた。

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