7 侍女頭の不安、女神の不安
キリエはもしも叶うことならば、トーヤたちにも聞いてみたいと思っている自分に気がついた。
「何を今さら……」
自分はマユリアが今度の決意をなさってから、はっきりとトーヤたちの敵になる覚悟を決めたのだ。
自分の生きる道はシャンタルとマユリアがお決めになったことを守ること。
その可能性もあると思ったからこそ、トーヤが先代とともにこの宮に戻ってきた時に、あえて知らぬ振りをしてきたのではないか。八年前と変わってしまった宮だからこそ。
キリエは自分と同じ立場のある衛士を思い浮かべる。ルギならば何か感じているかも知れない。だがルギは、たとえ違和感を感じたとしてもそのままマユリアのお命じになるまま、そのままの道を進むのではないかとも思った。
そうは思ったが、やはりルギの意見も聞いておきたい。それとなく話をしてみようとキリエは考えを巡らせるが、この時期に、何もないのに侍女頭が警護隊隊長を呼んで話をすることはほとんどない。何か理由をつけて会わなければ神官長に妙に思われるかも知れない。それに、ルギに会ったからとて、正直にマユリアに違和感を感じないかなどと聞くこともできない。
考えた結果、婚姻の儀の警護のことについて聞くことにした。これならば今までになかったこと、念のために相談をしてもおかしくはない。マユリアのことも話題に出せる。キリエは担当の侍女に申し付けて、ルギに執務室に来てくれるように伝えた。
約束の時間、ルギはキリエの執務室にやってきた。腰にはあの御下賜いただいた剣を帯びている。
「忙しい時期に申し訳ないですね。ですが、今回は初めてのことがありますから、少し話をしておきたいと思いました」
「いえ」
ルギは言葉少なに勧められた椅子に腰を降ろした。剣は外して椅子の右側に置く。いつでも手を伸ばして掴める位置だ。相手が侍女頭であろうとも、その姿勢を崩すことはない。
「常に身につけているのですね」
「はい」
もちろん、衛士はみな剣を帯びている。だが通常の剣はもう少し細く、同じ姿勢を取ってもそこまで目立つこともない。キリエも、いつもならルギがそうして剣を横に置いてもそれほど気にせずにいる。
「この儀式のためでしょうかね」
婚姻の儀の時のために授けたのかという意味だとルギも理解する。
「分かりません。ですが、当日も身に付けるのは間違いがありません」
「そうですね」
これほど美麗な剣だ、そのような儀式の時にこそふさわしい。
「その剣は真剣ですよね」
「はい」
「武器として使える剣」
「はい」
「儀式用に刃を潰したりはしていない」
「はい」
「通常は、そのような時には儀式用の剣を携えるものではないのですか」
「そうかも知れませんが、私はお許しいただけるのなら、この剣と共に警護を務めたいと思っております」
「分かりました。今一度マユリアに確認いたしましょう。神官長にも確認をした方がいいも知れませんね」
「お願いいたします」
ルギは座ったままキリエに丁寧に頭を下げた。
「この後に何か予定は」
「いえ、特には」
「分かりました。では少しお茶でも飲んでいってください」
キリエはルギの返事を待たず、当番の侍女を呼んでお茶の用意をさせた。
「何かお聞きになりたいことがおありのようですね」
ルギがそう聞く。
「ええ、少しばかり。その剣を御下賜くださった時のことを聞かせてもらいたいと思いました」
ルギは少し考えていたが、キリエが意味もなくそんなことを聞くはずがないと分かっている。
「分かりました、お話しできることだけでよろしければ」
「ええ、それで結構です」
ルギはマユリアに呼ばれて行ってみるとこの剣があり、授けられたと簡単に説明をした。詳しい会話などは話さず、その経緯だけを。
「それで、何か特別なことはおっしゃっていませんでしか」
「特別なことですか」
「ええ。そのようなことですからもちろん特別なことをおっしゃっているとは思います。その中でも話せることがあれば話してください」
ルギはキリエがそのようなことを聞いてきたことに驚いた。普段のキリエならば、決してそんなことを聞きはしないはずだ。
「何かご心配なことでもあるのでしょうか」
「それはもちろんあります。ですが、何が心配なのかが自分でも分からないのです」
キリエはルギから必要なことを聞くために、自分も話せることだけは話す。
自分が感じている違和感、不安。そんなことを詳しくは話さず、感じていることがあるとだけを。
「分かりました」
ルギにはキリエが何にかは分からないが、不安があることだけは理解した。
「不安を感じていらっしゃるようでした」
「マユリアがですか」
「はい」
ルギはキリエを正面から見てこう言った。
「この先、神官長が言ったようにこの国でも争いが起こるだろう。その時にはこの国のためにご自分を守ってほしい、そうおっしゃいました」
キリエは無言のまま驚く。
マユリアはルギに剣を振るえ、そう言ってこの剣を与えたのだ、そう知って。
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