第六章 第六節
1 死神と慈悲の女神
「ええ、可能性よ、絶対に起こると決まったことではない。アーダ様の言う通りよ」
リルがすぐにそう答えた。
「そうだよ、絶対起こるって決まったもんじゃない。そう聞いてたじゃないか。だろ?」
ナスタ。
「考えたらトーヤがそんな簡単にどうってこたぁないって」
ダリオ。
「おまえがそう簡単にやられるとは俺にも思えんな」
ディレン。
「そういやそうだ、俺らはよく知ってる。なにせあの嵐で生き残ったんだから。なあ!」
「そうじゃな。わしもよう知っとる。トーヤはしぶとい、まさかあそこで命あるものがおるとは、全く思えんかった」
「そうでしたよねえ」
サディの言葉に村長とディナも頷いた。
「俺もそう思いたいです。いや、そう思う!」
ハリオ。
次々にみなが声を上げるが、ミーヤとダルだけは黙ったままだ。
二人は知っている。八年前、ありえないようなことが次々と起こり、自分たちもそこに巻き込まれた。実際に不思議なことを目にして体験してきている。想像もできない「敵の力」に触れている。
「おい、そんな顔すんなって」
トーヤが隣で黙っているミーヤに笑いながら声をかけた。
「おまえなあ、俺の二つ名知ってんだろ?」
続けてベルにそう言う。
「知ってるさ、死神だろ!」
「おう、正解」
「なんなんだよそれ……」
不吉な単語にダルが表情を固くする。
「ああ、そういや言ってなかったかも。トーヤ、傭兵仲間の間でそう呼ばれてたんですよ、死神って」
「なんでそんな」
「いや、悪い意味じゃないですから」
アランが冷静に説明をした。
「じゃあ、どんな戦いの場においてもトーヤは絶対生き残ってきた、そういうことなのか?」
「そうなりますよね」
ダルの安心したような言葉にハリオも落ち着いて返事をした。
「そんじゃやっぱり大丈夫じゃないか、よかったよ」
「まったくだ」
「そうだよな!」
ナスタとサディ、そしてダリオも明るくそう言う。
「死神と慈悲の女神、どっちが強いんだろ……」
みなが明るく引き立てようとする言葉が耳に入らないように、ベルがぼそりとそう言った。
「そりゃ死神に決まってるだろが、そこの神様も言ってただろ? 最後にはみんな死ぬって」
トーヤがあっけらかんとベルにそう言うが、
「不吉なこと言うなよな……」
ベルはトーヤを見ずにぼそっとそうつぶやく。
「一つ聞いときたいんだがな」
トーヤはベルから光に視線を移して聞く。
「あんた、マユリアを助けてくれっつーたよな? それはもしかしたら、今の運命から切り離してくれ、はっきり言うと殺してくれって意味も入ってるのか?」
みながギョッとしてトーヤを見る。
「よう、どうなんだよ? 死による安らぎを与えてやってほしい、そういう気持ちもあるのかって聞いてんだよ」
『場合によっては……』
返ってきたのは驚くような言葉であった。
光以外何もない空間の中に影が
「そうか、それだけ覚悟決まってるならちゃんとやってやるよ。心配すんなって、俺は仮にも死神と呼ばれた男だ。あんたがどう言おうが絶対に生き残るつもりでいる。例え相手がマユリアでもルギでも、必要なら倒して生き残る、これまでと同じようにな」
トーヤの言葉からは温度が感じられないとミーヤは思った。殺気がこもる冷たい温度が。以前、ルギに向けたあの冷たい瞳、トーヤのもう一つの顔を見てしまった時のあの冷たさがない。これはトーヤが実際にはそんなことをしたくない、そう思っているからだとミーヤには分かった。言葉にはしなくても気持ちが伝わってくる。
それは他のみなも一緒だった。遠い国から来たならず者、八年前にはそんな目で見られたこともあったが、この国の人でトーヤと関わりを持った人には分かっている。トーヤがどれほど心優しい人間かを。
もちろん、子どもの頃からトーヤを知るディレン、そのディレンを親のように慕うハリオもそれは同じことだ。
傭兵という仕事をしている以上、人を傷つけ命を奪うのは当然のこと、それが仕事なのだから。だが、決してトーヤも、そしてアランも望んでその仕事をしているわけではない。生きていく上でその道を進むしかなかったからだ。誰もがそのことをもうよく知っている。
(戦場にいてもトーヤの心は穢れてはいない、だからこそシャンタルに選ばれてこの国に来たのだと思っていたけれど……)
今はそれは違うと知ってしまった。女神に選ばれたのではなく、トーヤの意思でこの国に来た。本来いるはずの場所に戻ってきたのだ、自分の意思で。
そのことがミーヤにはトーヤに対する女神の加護がなくなったかのように思え、心の底から恐ろしくなった。神に選ばれ、定められた運命の上を歩くために
「なあに心配するな、俺は自分で選んでこの人生を歩いてるんだ。この先もそれは変わらねえ。いっそ女神様のご加護なんてものに守られてんじゃなくて、これまで生き残ってきたのも全部自分の腕のおかげ。そう思えてすっきりしてる」
だが、まるでミーヤの心が伝わったかのように、トーヤがそう言って笑った。
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