17 婚姻のランプ

「そんで、そのこんいんのランプ、ってのは一体なんだ?」


 ベルが待ち切れないようにフウとシャンタルの会話に割って入る。


「そうですね、説明は面倒なのでミーヤお願いいたします」

「えっ」

「上司の命令ですよ」


 フウは全く命令ではない口調でそう言うが、とりあえずミーヤが話すことになった。


「アルディナではご婚姻の儀の時にランプは使わないのですか?」

「聞かれても、俺はご婚姻の儀っての自体についてほとんど知らねえからなあ」

「俺もです」

「おれもー」


 アルディナ出身の三人は、今までそんな儀式と関わったことはないに等しい。せいぜい遠くからちらりと見たぐらいのことだ。


「そうですか。では、そちらのことは分からないこととして、こちらでのご婚姻の儀について説明いたしますね」


 ミーヤは式次第を説明した。


「ってことは、本当なら結婚した証ってので、一緒にそのランプを持つってことか」

「ええ、婚姻誓約書に新郎新婦が署名をします。それを神官が確認して神に報告なさるんです、共に生きていくと誓った二人だと。そして神がお許しになって初めて、夫婦と認められます」

「へえ、なんか分からんが、えらいことめんどくせえことすんだな」

「大事な儀式なんですよ」


 トーヤがなんとなく半笑いでそう言うのを聞き、ミーヤがムッとした顔で言い返す。


「そうなのか。いや、なんかそういうの分からなくてな。俺の回りでそういうことして一緒になったってやつがいねえから」

「ディレン船長はミーヤさんとなさったんじゃないんですか?」

「ねえな。いや、だって考えてみ、そういうんじゃねえからなあ」

「そうなんですか」


 ミーヤからすると、今度は娼婦とその旦那という関係が今ひとつ分からないが、こちらは仕方がないだろう。


「あの、そのミーヤさんという方はどなたでしょう。このミーヤとはまた違う方のようですが」

「あ、そうか、フウさんは知らなかったかな。俺の育ての親みたいなやつなんだが、たまたまこのミーヤと同じ名前だったんだよ」

「まあ、それはなんとも偶然ですね。でも、ミーヤという名前もそれほど特殊な名前ではないですし、確率からいくとないことではないということですか」


 フウはそういうことがあっても特に感慨もないようで、ありえることだと済ませてしまった。


「そうだな、まあないことじゃないかな」


 なんとなく、船の上でディレンにトーヤという人物について話をされた時のことを思い出し、トーヤはまた半笑いになるが、その笑い方がまたミーヤは少し気に障ってムッとする。


「それで、そのランプがないってのが、そんなに変なことなのか?」


 ベルがミーヤの表情を見て、急いで話を元に戻した。下手したらまたこの二人、なんやかんやとこじれそうだと感じたからだ。


「ええ、普通だとまずないことだと思います」


 ミーヤがベルの質問に答えたことで、なんとか危険は回避できたようだ。


「でも、今回のご婚姻自体が普通ではないですから、問題ないと言えば、言えるかも知れません」

「どういうことだ?」

「マユリアが人の世界にお降りになり、神と等しい国王陛下と横に並ぶため、王家の一員とおなりになるためのご婚姻の儀式です」

「ええ、そうでした」


 ミーヤもフウに同意する。


「ですから、マユリア個人が国王陛下と御夫婦になられるわけではないんですよ」

「なるほど、言われてみればそうですね」


 アランがフウの意見に納得した。


「婚姻のランプは結婚した二人が夫婦となって、これからの人生を共に灯りを掲げて進む、その象徴です。ですから、王家の一員になられるためだけのご婚姻であり、夫婦とはなられないのなら、必要ないとも考えられるということです」

「なるほど、それもまたしちめんどくせえけど、そう言われてみれば考えられないことではないな」


 トーヤもフウの説明を素直に受け入れられた。


「じゃあ、なんでフウさんはそのことを言いに来たわけ? なんか変だと思ったからわざわざ来たんだよな?」

「さあ、そこなんでございますよ」


 フウが我が意を得たりとばかり、ベルに顔を向けてうんうんと頷いてみせた。


「私がひっかかったのは国王陛下です」

「国王が?」

「ええ」

 

 フウはまたもうんうんと大きく頷く。


「国王陛下は特に何もご問題はなく、いたくご満足とお聞きしていますが」

「そう、そこですよミーヤ」


 フウは今度はミーヤにくいっと真面目な顔を向けた。


「どうして国王陛下はご満足なんでしょう」

「え?」


 唐突な質問にミーヤが戸惑う。


「あ、なるほど」


 やはり一番に反応したのはアランだ。


「な、なんでだよ、兄貴」

「国王の望みはあくまでマユリアと本当に結婚する、つまり本当の夫婦になることだ。だったらやっぱりランプは欲しくねえか?」

「そうか、そりゃそうだよな。マユリアと夫婦になりましたーって証拠みたいなもんだよな」

「そういうことだ」

 

 ベルの返事が全てを物語っている。


「そう聞くと確かにおかしい。だからこうも考えられるな、国王はランプ以上にうれしくなるような何かに納得した」

「さすがですね、ボス。私もなんだかそういう気がしましたので、これは報告しておいた方がいいのではと思いました」


 トーヤが話をまとめ、フウが満足そうに大きく頷いた。

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