6 名を分けた者
トーヤは下から見上げるミーヤの黒い瞳をじっと見つめた。
ミーヤが言ってくれている意味がよく分かった。おそらくミーヤは自分の真意を分かったのだろう。自分が何を覚悟したのかを。
「そうだな」
トーヤは少しかすれたような声でそう答えた。
「確かにシャンタルは慈悲の女神だもんな。だから、できれば誰も犠牲にならないことが望ましい。だけど、どうしても、どうしても最悪の場合はシャンタルを最優先にする。そんだけのことだよ」
それだけを言うとミーヤに対してニヤッと笑ってみせる。
ミーヤはトーヤの視線の中、黒い瞳の中にだけ真実があるのを理解している。自分の覚悟を許して欲しい。今もその考えを変えることはない。だが顔だけで笑ってそんな可能性は限りなく低い、そう言っているように見せている。
「そうですね……」
真意を分かりながらミーヤはそう言い、視線を外して目を閉じた。
もうどう言ってもだめなのだ。トーヤの気持ちを変えさせることはできない。そうとしか思えず目を開けていられなかった。
「さ、そういうことで方向性は決まった。後は、そうだな、みんなこの人、じゃなくて神様に聞きたいことがあったら聞いとけ。多分、今日でこうして集まるのは最後のはずだ。だろ?」
『そうですね、おそらくこのような形で集まることはもうないでしょう』
光の言葉にみながそれぞれ近くの者と顔を見合わせた。聞きたいことを聞けと言っても相手は神様だ。一体何をどう聞けばいいのか困る。そんな顔だ。
「おっと、注意しとくけど、あくまでもこの先のこと、マユリアたちに対抗する、シャンタルを助ける上で必要なことにしといてくれよな。どうやったら金が儲かるとか、そういうのはなしだ」
トーヤがまた茶化すような言い方でそう言った。ほんの少しだけ空気が緩んだような気がするが、さすがにみなが本心から笑うようなことはない。
「聞きたいことがあります」
そう言ったのはダルの祖父、カースの村長だった。
『なんでしょう』
村長がこうして直接神に話すのは初めてだった。
「今度のことで私も気になる者がおります。私の名を分けたある者についてです」
「名を分けた?」
「ああ、ある者の親にな、自分の子にわしの名前をつけたい、そう言われたことがある」
「それを名前を分けるって言うのか」
「アルディナでは言わんのか? こちらではそういう言い方をするんじゃ」
「そうか」
トーヤはすぐにある人間の顔が浮かんだ。村長はトーヤのその表情を見て軽く頷く。
「そうじゃ、ルギじゃ」
やはりそうだった。
「ルギの父親がわしの名をつけたい、そう言ってきた。上の二人にはそれぞれ祖父の名を分けてもらった、3人目には尊敬する村長の名前を分けてもらいたいとな」
「じいちゃんルギって名前だったのかよ! 俺も知らなかった!」
ダルが驚いて隣にいる祖父を見た。
「そういやそうだな。俺もじいちゃんとしか呼んでなかったし、村のもんは村長って言うから、じいちゃんに名前があるなんて考えたこともなかったぞ」
ダリオもそう言って、思わずトーヤが笑う。
「なんだ、どっちものんびりしてんな。って、俺もつい最近だけどな、自分の母親がエリスって名前だって知ったのは」
「え、なんだよそれ! エリス様の名前ってトーヤの母親の名前だったのか!」
ダルは今度はそちらの方に驚いてトーヤを見る。
「まあ、こっちの話はまた今度な。じいさん、続けてくれ」
「分かった」
ルギという名を持つカースの村長は光に続ける。
「ルギは、私の村の者でしたが、忌むべき者になって村を出て、その結果マユリアの従者となりました。これも、決まっていた運命なのでしょうか。ルギの家族が亡くなったのは、その運命のためなのでしょうか」
『忌むべき者』
『その者がそう呼ばれる道を辿っているということは』
『そうだと思ってもらっていいでしょう』
『その者に運命を知らせるために、その時に命を終える者と同じ船に乗せる』
『それは決して忌むべきことではないのですが』
『いつからか人の世においては忌むべきこととされたようですから』
「あのな、さっきも言ったけどな。どう考えたってそりゃひどい仕打ちだ。これだけは何回でも言わせてもらう」
トーヤが光に向かってピシャリと言い放つ。
「神様の世界のことだかなんだか知らねえけど、俺はそれだけは繰り返し言うぞ。あんたらのやってることはひどいことだ。分かってくれよな」
トーヤの言葉に光は何も答えず瞬くこともしなかった。いや、できなかったのかも知れない。
「まあいい。時間もないことだし続けてくれ。じいさん、悪かったな」
「いや、わしが言いたかったことの半分もそれじゃ」
村長が軽く頷きながらそう答える。
「もしも、ルギが家族を全部失うという残酷な運命の上に、今度はマユリアの従者として永遠かどうかは分かりませんが、もしもそれに近いぐらい生きねばならんとしたら、そしてその手を血で汚し続けねばならんとするならば、私は、自分の名を分けた者を、自分のこの手を使ってでも、その運命を終わらせてやりたいと思うております」
村長の言葉に全員が驚いて視線を向けた。
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