15 違わぬために違ったこと
小さなシャンタルは食事を終えると寝室に戻った。戻る時にしっかりと大事なお弁当を胸に抱えて。
シャンタルが部屋に戻った後、ラーラ様が自分も食事を済ませ、侍女を呼び、食事の後を片付けさせていると、シャンタルの不調を聞いてキリエがやってきた。
「シャンタルがご不調だとか」
「いえ、それほどのことではないのです。ですが、昨夜はあまりよくお眠りになれなかったようです」
「お会いできますか?」
「今はもうお部屋にお戻りですから、お休みになられているかと」
「そうですか」
キリエは特におかしいと思っているようではないが、シャンタルを心配はしているようだった。
「ええ、ですからお昼まではお休みいただこうと思います。それで、お昼からはマユリアにお会いしたいとおっしゃっていらっしゃいました」
「マユリアにですか」
「ええ」
聞いてキリエは少し考えているようだ。その姿にラーラ様は妙に思われていないかと不安になるが、すぐにキリエが答えたことにホッとする。
「明日にはマユリアのご婚儀、
「ええ、お願いいたします」
「ラーラ様もシャンタルにお付き合いなさってお休みになられていないのでは?」
「いえ、それほどのことはありません」
「ですが、明日も明後日もお忙しいと思います。少しでもお休みになられてください」
ラーラ様は忙しくて寝る時間も取れないのはキリエの方だろうと思いながらも、その言葉に従うことにする。
「分かりました。シャンタルがマユリアに面会に行かれたら、わたくしも少しお昼寝をさせていただきます」
「それがよろしゅうございます」
「キリエは休んでいるのですか? わたくしはキリエにも休んでもらいたいと思っているのですが、今の時期にはむずかしいのでしょうね」
キリエはラーラ様が自分を気遣う言葉にほんのりと頬を緩ませた。
「ありがとうございます。できる限り休むようにはいたしております、お心遣い感謝いたします」
キリエはそう言って正式の礼をすると下がっていった。
ラーラ様が立場としては一侍女となった今でも、キリエは元シャンタルであるラーラ様には主としての態度を崩さない。ただ一度、八年前にマユリアからシャンタルのために宮を離れるように言われて混乱するラーラ様を落ち着かせ、マユリアの命に従わせる必要があった時、その時だけは侍女頭としてラーラ様に厳しい言葉を投げはしたが、それはシャンタルを救い、ラーラ様をも救うためであった。そのことはラーラ様もよく分かっている。
今は侍女頭とシャンタル付きの一侍女、それが正式な立場だが、ラーラ様とキリエの間には、今も主従の絆がしっかりとつながれている。
だが、今自分はその絆を見えぬ振りをしてキリエに秘密を持った。これまでの人生で初めてのことだ。その事実がラーラ様の心を痛めはしたが、シャンタルから聞いた話を信じる限りでは、キリエに言わぬこと、そのことこそがキリエのためでもあると理解するしかない。
ラーラ様は昨夜のシャンタルとの会話を思い出す。
「次代様が最後のシャンタルになるだろうってラーラ様も知ってるよね」
ラーラ様は何も答えられずに黙っているしかない。
「うん、大丈夫。もう私も知っているからね、私たちの両親が同じ方たちだということも、そのためにラーラ様が宮に残ってくれているということも」
ラーラ様は今度は違う理由で言葉を失う。その秘密を知るある人の顔が浮かんだ。
「言っておくけど、トーヤから聞いたんじゃないよ? トーヤはずっと秘密を守ってくれていた。アランとベル、ディレンには言ったみたいだけど、それは必要だったから。それは分かっておいてね」
では誰がシャンタルに伝えたというのだろう、そんな重要な秘密を。
「誰が話したかは内緒。それはラーラ様が知らない秘密で、今は言えないことだからごめんね」
シャンタルはいかにも気楽に、能天気らしく、くすくすと笑いながらそう言った。ラーラ様はますます何も言えなくなってしまう。
ラーラ様は決して誰にも言えなかったことを、次々に自分から言うシャンタルをじっと見つめた。
そこにいたのは八年前の面影を残しながら、まるで天が造りし最高の造形物のように美しい、もう子どもではない人であった。
「もう、あの時のシャンタルとは違うのですね……」
「うん、違うよ。だけど違わないと思う。違わないために私は違ったんだろうね。そのための八年、そのためのトーヤだったんだろうなと思ってる」
ラーラ様はシャンタルの言葉をしっかりと噛み締め、意味を理解しようとした。
「何が違って何が違わぬのでしょう」
「そうだね、まず見た目は変わったよね。声もこんなだし、聞いた人はみんなびっくりするので面白いよ」
シャンタルはそう言ってまたくすくすと笑い、
「おそらく、無事に交代を終えて自分の役割を終えるまでは、私は変われないんだと思う。この八年、きっとトーヤは大変だったと思うから、今度会った時にはラーラ様もほめてあげてね」
やはり能天気としか思えない笑顔を浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます