20 母であるより、父であるより
やはり肝はマユリアの中にいる女神マユリアらしき存在のことだ。
「よし、もう一度マユリアがいつから変わったかについて考えてみるか」
トーヤがそう言い、以前からのマユリアを知る者たちが交代で意見を出し合う。
「俺もリルに聞いてみるよ。うちの家族はマユリアとお会いしたことがないから分からないし、そっちは連絡があったらリルの見舞いに来てくれ、だけ言っておくから」
ダルがそう言って宮を出てリルのところへ向かった。
「マユリアがお変わりにねえ」
そう言われてリルも戸惑っているようだ。
「そう言われても、私がお会いしたのはあの時が最後だもの」
トーヤたちの正体がばれ、エリス様ご一行が宮から逃げ出したあの日、リルも宮を出され、出産を終えるまでは戻らないようにと言われているのだ。
「ダルはお許しが出て戻ってるけど、私はまだこんな状態だしね」
「俺もあれからはお会いしてないからなあ。そういや予定はいつだったっけ」
「もう半月ほど先かしら」
それもあるのだとダルは思った。
「全員が揃ってあそこにってことは、リルのお産の時までにはってことになるよな」
「もしくは出産後だけど、そうすると交代が終わってしまうわね、多分」
八年前と同じくまた厳しく期限を切られた気がした。
「ギリギリまでいけそうにおもってたけど、案外時間ないんだな」
「そうね」
実家にそのままにあるリルの部屋。そのソファにダルと向かい合ってリルは座っている。大きなソファでそのままベッドにしても問題がなさそうなゆったりとした造りだ。
「少し考え方を変えてみない?」
「え?」
「お変わりになったとしたら、何かきっかけが必要じゃない?」
「それはそうか」
「私も思いつく限りのことを思い出すから、それを宮に持ち帰ってトーヤたちと相談して。考える時間もいるからダルは一度カースに戻っておいて。用意できたら連絡するから」
リルはそう言ってダルをカースへ向かわせた。
おそらく自分が家族のところへ戻れるように、そう考えてくれてのことだろうなとダルには分かった。
リルだって不安だろう。夫や子ども達にも会いたいだろうに、こちらを優先してできるだけ見舞いに来ないようにと言ってくれている。
「もう4人目だし、下手にマルトが来てくれたら子どもたちも私に会いたがるでしょ? だからさびしいけど、できるだけ連れて来ないでほしいの。もうすぐ出産だから、生まれたらまた元の通りに一緒にいられる、それまで我慢してね」
月虹隊副隊長、丸顔でやさしく、人の良いリルの夫マルトは、妻のその言葉を聞いてそうすると約束をしてくれた。
今、リルの3人の子どもたちはマルトの実家で祖父母に面倒を見てもらっている。カースからも遠くはないので、ダルの家にも遊びに行っているようだ。
元々リルはダルと親友で、その縁でアミとも今では姉妹のように仲良くしている。その子どもたちも同じように家族のような関係になっている。ダルの家や実家に行くことでかなり気持ちを紛らわせてはいるだろう。
「だから、本当の意味で一番さびしいのはリルなんだよな」
本当に出会った時のリルとは別人だ。ある意味、一番シャンタルと関わったことで変わったと言える気がするとダルは思った。
その日、ダルはカースの自宅に戻り、久しぶりにアミや子どもたちと家でゆっくり過ごすことができた。
本当はこんなことをしている時間はない、交代の日はすぐ近くまで来ているのだと分かってはいても、
翌朝一番にリルから連絡が来た。
「またちょっとの間帰れないと思うけど、大人しく待っててよね、母さんやばあちゃんたちの言うことちゃんと聞くんだよ」
ダルは子どもたちを一人ずつ抱きしめてそう言う。
「交代が終わるまでなんでしょ。もうちょっとじゃない、そっちも体に気をつけてよね」
アミがまるでダルが6人目の子のようにそう言い、ダルがくすぐったそうに笑う。
幼い頃からずっと、アミはこんな調子だ。その変わらない言動に今はホッとさせられる。
「じゃあ留守の間頼んだよ」
「分かった、こっちは大丈夫」
そうしてダルは家から送り出された。
実家へは昨日、トーヤからの伝言を伝えに行ったので今日は寄らずに村を出る。おそらく交代が終わるまではもう、帰れないであろう故郷の村を。
そう、交代まではもうあとわずか。それまでに自分たちにはやらねばならないことがある。
子どもたちのためにも、今は父であり、母であることよりやらなければならないことがあるのだ。
オーサ商会に着くと、リルに会ってリルが思いつくことをまとめた紙の束を渡された。
「こんなに書いたのか」
「私は思い出したことがあってもすぐには伝えられないから。だから本当に必要がないだろうと思うことまで、全部書き出しておいたわ。八年前、一日トーヤの世話役を命じられた時のことから始まって今日までのことを。全く、あの日は本当にひどい目に遭ったんだから、トーヤによくよく言っておいてよね」
ぷんぷんとしながら言うリルに笑いながら、ダルは伝言を受け取った。
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