第七章 第一節

 1 蜂起準備

 神官長は自室でゆっくりと腰をかけ、宝物である羽根を見つめている。一日のうちで一番幸せな時間だ。


 交代の日までは残り8日、その前日、マユリアが正式にこの国の女王となられる。その時を思うと、ますます宝物がキラキラと輝きを増して見えた。


 その時のための布石はたくさん打ってある。そしてそのうちの一つ、前国王の復権のためのヌオリたちの準備も着々と進んでいるようだ。


「全く、自尊心ばかり高い貴族の子息方たちほど使いやすいものはない。ちょっとしたきっかけを与えて差し上げれば思ったように動いてくださる。そのきっかけがなければ本当に能無しと言ってもいい若者たちの集まりではあるけれど、物も人も動かし方次第。若い者は動きが早いので助かります」


 神官長は羽根をくるくると回し、そう言って笑う。手の中で羽根がキラキラと輝き、一緒に笑ったようだ。


 ヌオリたち前国王派の元には同じ考えを持つリュセルス市民、さらにそこからつながる者たちが着々と集まりつつある。烏合の衆をまとめ、指導しているのは元王宮衛士、衛士の経験者たち。それから憲兵の前国王派だ。武器を手に何かをするという経験のほぼない者たちに、とりあえずその取り扱い方を教えている。


「ちょっとした騒ぎを起こせばそれでいい。決して大事にならないように。その騒ぎに乗じて前国王陛下、いや、正当な国王陛下を取り戻す、それだけを考えるように」


 元王宮衛士で今回のことで主に中心になってくれた神官に、よくよくそう言い聞かせてある。


「そう、ちょっとした騒ぎでいい。だけど、そこで止まるものかどうか」


 神官長の手の中でくるくると羽根が回る。


「まあどちらでもいい。こちらの目的はそもそも陛下を王座にお戻しすることではない、あくまでマユリアの、我らが永遠の美しき女王の御為おためなのだから」


 神官長は輝く羽根の向こうに輝く女王の姿を見る。ああ、なんと美しいことか。うっとりととろけるような目の前で、また羽根がキラキラと回った。


 いつ頃からだろう、セウラー伯爵家の別邸に一人、二人と「国王陛下をお救いしたい」そう言って人が集まりだしたのは。今では結構な人数になってはいるが、かなりの広さの建物なので、なんとか収容できてはいる。これ以上増えたらちょっとどうにもならない気がするが、聞けば、他の地域にもそうしていくつか集まる場所があるらしい。


「ここにはお世話になれるだけの者が集まっています。みな、心より国王陛下の復権を望むこころざしある者ばかり。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 今は神官になっている元王宮衛士がそうおごそかに宣言し、ライネンも黙って受け入れざるを得なくなった。


各々おのおのの場所で当日のために訓練を行っております。こちらでもお願いできますでしょうか。もしも手が足りないとおっしゃるのなら、それなりの手練てだれをこちらにも寄越すことはできますが」

「いや、不要だ」


 自信家のヌオリが余裕たっぷりに言う。


「こちらにも腕に覚えのある者は少なくはない。なんならこの私が自ら指導することも考えている」


 ヌオリがそう言ってくれたことでライネンは少しだけホッとした。


(この上そんな乱暴者をうちに入れられてたまるものか)


 おかげでヌオリが先頭に立ち、得意そうに「軍事訓練」なるものを集まっている者たちに指導しているのは片腹痛いが、確かに剣の腕前はなかなかのものなので、黙ってやりたいようにやらせている。


 ライネンはその訓練をじっと見つめながらヌオリとのやり取りを思い出していた。


「だから、どうして陛下がここにはいらっしゃらないていで事を進めなければならないんだ」


 正体不明の「協力者」からの手紙にはそうするようにと「指示」が書いてあった。そしてヌオリはそれをそのまま受け入れようとしている。


「分かっていないなあ、ライネンは」


 ヌオリは呆れたように説明をしてくれた。


「皇太子側は陛下がこちらの手の内にあるとはまだ知らない。だから国王を開放せよと攻め寄られたら迂闊うかつに手が出せないだろう?」

「だから、それはどうしてなのだ?」

「あちらは私たちが陛下の居場所を知らず、それで開放要求をしていると思っている。だから必死にここにはいないと言い張るだろう。行方を知らないことを知られたくなくて。まあ、実際にいらっしゃらないのだがな」


 ヌオリはそう言って楽しそうに笑った。


「その時に神殿か宮に陛下は幽閉されているはずだ、そういってそこを攻めるわけだ」

「宮を!」


 その単語にライネンは真っ青になるのを感じた。


「何を恐れている」

「だが宮だぞ! シャンタルが御座おわす聖なる場所だ!」

「だからじゃないか」


 ヌオリは一層馬鹿にした目でライネンを見下ろす。


「衛士たちも必死で防衛する。もちろん王宮衛士も駆けつけるだろう、当然王宮は空っぽになるその隙に、だ」


 ヌオリは持っていたワイングラスをとんっと音を立ててテーブルの真ん中に置いた。


「陛下に王宮にお戻りいただく。もちろん皇太子の身柄はその時に拘束する。神殿と宮に集まった兵たちが王宮に集まる頃には全てが終わっているだろうさ。ほとんど血が流れぬ蜂起ほうき、慈悲の女神シャンタルにもきっとご満足いただけるはず。良いことのためにつく嘘は許されるものだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る