2 傀儡

 ヌオリは自信たっぷりで、すでに計画が成功して自分が国王の横に立ち、我こそは正義の使者のつもりでいるようだ。


(そんな計画が果たして本当にうまくいくものだろうか)


 ライネンにはどう考えても穴だらけの計画に思える。


(それに、その協力者とやらは一体誰なのだ? ヌオリはなぜそのことを気にしない)


 ずっと前から本当に信用できるのかと何度も聞いているが、ヌオリはこう答えるばかりだ。


「大丈夫だ。なぜかというと、実際に協力者は陛下を我々に引き渡してくれた。それに提案してくる内容が、ことごとく私が思いつくことと同じ。つまり、私と方向性を同じくする者ということだ。それほど優れた者が手を貸してくれている、成功しないはずがないだろう」


 方向性が同じ、思いつくことが同じというが、ライネンから見ると協力者という者の提案を見て、ヌオリはそれに追随ついずいしているだけにしか見えない。


(つまり、うまく操られているということではないのか)


 そんな疑念が浮かぶが、下手にその言葉を口にするとヌオリの機嫌を損ねてろくなことにならない未来しか見えてこない。他の仲間たちはヌオリの言葉に間違いがないと盲信もうしんしているようで、誰も自分と同じ疑問を持つ者が出てこないこともヌオリの自信に裏打ちをしていくようだ。


 仲間以外の人間が集まり大所帯になるに連れて、ますますライネンにはヌオリがだれかの手によって操られている人形にしか見えなくなるが、ここまで膨れ上がった組織を今さらどうすることもできない。


(もう私の言葉はヌオリには届かない)


 元々の力関係がそもそもそういう始まりだ。自分はヌオリのそばで言うことを聞く格下の人間。家格かかくも違えば実力も違う。ずっとそうして生きてきた。父親のセウラー家当主がヌオリの父親バンハ侯爵に逆らえないように。


(それでも、そうではあっても良い友人だとばかり思っていた、少なくとも家を離れてただの友人としては対等だとばかり)


 だが、前国王が実の息子のために王宮から放逐ほうちくされ、自分こそが家の誇りを取り戻すのだ、そう言い出してからヌオリは変わった。


 元より今の新国王、当時の皇太子の成長を見て、世代交代の後はあの方のおそばで共に並び立つために、恥ずかしくないようにと自らを磨いていたヌオリ。その努力は見ていて気持ちがよかった。将来は自分もその親友の役に立てる人間になりたい、ライネンも素直にそう思っていた。


 だが、突然皇太子はその期待を裏切った。あっさりと格下のラキム伯爵、ジート伯爵を引き上げて、古くからずっと王家のそばに仕えてきた名家を切り捨てた。その行動は誇り高いヌオリを傷つけ、必ずや前国王をもう一度王座に座らせ、思い知らせてやるとの思いを刻ませた。


(ここまで来てしまったら、もう私にもこの先選ぶ道はない)


 ライネンもあらためてそう決意する。


(成功するのだろうかではなく、成功させなければならない。そうするしかもう浮かび上がる方法はないのだ)


 もっと早くヌオリを押し留めていたら、こんな危険なことに巻き込まれなかっただろうに。


(いや、そうではない……)


 ライネンはさらに冷静に自分自身のこともかえりみる。


(私も同じであった。ヌオリと同じく、我がいえを元の地位にとその想いを抱き、そしてヌオリたちと歩みを共にしたのだった)

 

 では、自分はどこでどう変わってしまったのだろう。考えてみて、一つの出来事に思い至る。


(そう、私がこの家で国王陛下をお預かりすることになったからだ)


 ずっと、国王陛下はご立派な方、尊敬しお仕えするに足る方。その考えを疑うこともせず、幼い頃は我が家は陛下のおそばに仕える名家なのだと信じていた。


(それがどうだ。いざお助けしてみたらあの方は……)


 とても近くにいて仕えたいと思うような人物ではなかった。助け出されたことに対する感謝もなく、逆に自分が置かれた身の上に対する苦情ばかり。自分を今の身の上に追いやった息子に対する悪罵あくばは尽きることなくその口からあふれ、しかもその希望ときたら……


(ひたすらマユリアのことだけ、女神を手に入れることだけだ。王座に戻りたいのもこの国をどうしたいという高き希望ではなく、国王だけがマユリアを手に入れられる存在だと思っていらっしゃるから)


 他の同志と離れ、ずっと前国王のそばでお世話をしてきてライネンは嫌というほど現実を見てしまった。そのために意味の分からぬ熱狂から離れ、冷静に物事を見ていられる、つまり、一言で言うと、


(冷めたのだろう)


 と、自己分析をしている。


 今のライネンの素直な気持ちは、とっととこの茶番を終わらせてしまいたいということだ。そのやり方はどうであろうとも、すでに王位継承は終わってしまった。たとえ、今の国王の気持ちも父王と同じ、マユリアほしさ故であろうとも、もうそんなことはどうでもいい。


(どうしてそんな愚かな人たちの欲に振り回され、もしかしたらケガをしたり命を落とすことがある大事おおごとにしなくてはいけないのか)


 そうは思うがもう遅いとの気持ちも大きい。


(しょせん私も傀儡くぐつ傀儡くぐつ、自分の意思とは関係なく踊り続けるしかないのだ)


 ライネンはその事実に深く深く諦めのため息をついた。

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