15 シャンタルの務め
小さなシャンタルはわくわくしていた。
「今日はお昼をアランとディレン船長とご一緒できるのよね」
朝食の時からそう言って楽しみにしていた。
実はシャンタルがラーラ様とマユリア以外の人と食事を共にするのは初めてのことである。
食事以外、お茶の時間もエリス様ご一行とのお茶会が初めてであった。
理由はまだ幼く、託宣ができないことに劣等感を抱えていて自分の内に籠りがちで、元シャンタルの家族2人と侍女頭のキリエ、それから一部の限られた侍女たち以外と話をすることがほとんどなかったからだ。
歴代のシャンタルはほぼ10歳前後で次代様の誕生を待って交代を迎え、マユリアとなる。
シャンタルは唯一絶対の神ではあるが、その任期が生まれてすぐからほぼ10歳という幼い時期までであるため、対外的な対応は先代であるマユリアの役目である。シャンタルとマユリア、二人で一人で女神の役目を果たしている形とも言える。
その準備の意味もあり、大体7、8歳頃からお茶会や食事会などを開いて「外の人」たちと交流する機会を持つようになる。
当代の場合、年齢よりはやや幼い印象もあり、もう少しご成長なさってからの予定であったのだが、常より二年も早く交代を迎えることとなり、まだ一度も宮の外と交流する機会を持たぬまま
そんな時に外からエリス様ご一行がキリエが身柄を預かり宮に滞在することとなった。そこでマユリアが自分が主催という形でエリス様たちとのお茶会を提案したところ、当代が興味を持たれたのだ。
ちょうどその前日、マユリアに対して後宮入りを無理強いするセルマにその立場の違いを突きつけていた。それ以前ならばいつものように取次役を通すようにと言ってきていたはずだが、さすがにその後は何も言ってくることはなく、すんなりと話がまとまったのだ。
マユリアが中の国から逃れてきたご夫人一行の存在を知ったのは、次代様の託宣があったと聞いた後であった。キリエの責任で預かったということ、それから取次役がそのことを知らせて来なかったことから存在を知らずにいた。
エリス様ご一行の話を耳にした時、なんとなくトーヤたちのような気がした。
あまりにもタイミングが良すぎて、これまでの出来事を思うとありえることだと思ったからだ。
そうして色々な考えを擦り合わせてお茶会に招くことを思いついたのだが、いざ顔を合わせてみると見たことのない男が2名、若い女が1名、そして顔が見えぬ者が2名であった。
顔の見えぬ者が先代とトーヤではとの思いはあったが、実際に見ることが叶わないからには判断はつかない。
それにもしも自分の考えが当たっていたとしても、時が満ちるまでは真実を知ることもないだろうと、それからは言われているままに受け入れることにした。
それが真実であると分かった時には、ご一行は宮を逃げ出しており、その後でなぜだかアラン一人がふいっとここへ戻ってきた。
ラーラ様から次代様の託宣があったと聞いた時、予定より二年も早かったことからトーヤたちが交代までに戻ってくるのだろうかと不安になった。やはりそうだったと知った時にはほっとして、そして愉快でたまらなくなった。
だが同時に、小さな当代が不憫でたまらなくなった。
シャンタルの仕事は託宣だけだと言ってもいい。
代々にはほぼ託宣をなさらなかったシャンタルもあると記録にはある。だが、実際に託宣をなさらないシャンタルの時代には、やはり民は不安に思うものだ。特に、先代が「黒のシャンタル」であった今、先代との差を民たちはどう思っていただろう。
次代様の託宣はほぼ間違いなく先代がしたことだ。
マユリアは今では確信していた。そのためのエリス様ご一行であったのだろうと。
それが真実というのならば、決してそれを当代に知らせてはいけない。
シャンタルの務め、託宣をし、そして次代にシャンタルを受け継がせること。
シャンタルはそのために生まれ、生き、そして次の時代に譲るためにだけ存在するのだから。
「ねえねえ、マユリア、どのお衣装で行けばいいのかしら? お食事会に決まったお衣装というのはあるの?」
「え?」
マユリアは考え事をしていた為にシャンタルの言葉をよく聞いていなかった。
「どうなさったの?」
今までにありえなかったことにシャンタルが驚く。
「いえ、シャンタルが一生懸命でいらっしゃるもので、つい見惚れてしまっていたのですよ」
急いでそう言うと、
「まあ、まるでラーラ様のようなことをおっしゃるのね」
小さな主がそう言ってくすくすと笑ってくれて、マユリアはほっとする。
「それで、どのお衣装がいいと思いますか?」
「そうですねえ。お食事をなさるのですから、あまりお袖や飾りが邪魔にならないようなものが」
「では、これとこれではどちら?」
無邪気にシャンタルが2着のドレスを当てて見せる。
「どちらもよくお似合いですから、シャンタルのお好みでどちらでも」
「もう、それが分からないから聞いているのに」
ぷん、とすねて見せる主があまりにかわいくて、何があってもこの方を苦しませるようなことはもう二度とあってはならないとマユリアは心の中で思っていた。
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