16 女神のお好み
小さなシャンタルは考えて考えて、深い緑のドレスを着ることに決めた。
ふんわりとしたシルエットのドレスはシャンタルの黒い髪によく映えて、同じ色のリボンを後ろでゆるく結んでもらい、どきどきしながら食事会の時間を待っていた。
昼時になり、待ち人、アランとディレンが食事会の会場に姿を現した時には、もう心臓がドキンドキンと激しく打ち、今にも胸から飛び出すのではないかと思うほど緊張をし、緊張しながらもうれしくて飛び上がりたいような気持ちになった。
「ようこそいらっしゃいました、お席にどうぞ」
小さな女神は声が上ずらないように一生懸命気持ちを抑えて、二名の客を席に座るように
「この度はご招待ありがとうございます」
年長者のディレンがそう挨拶をして席につき、アランも続いて頭を下げてディレンの向かいの席に座った。それからディレンの隣に付き添いのルギが。
こうして当代シャンタルの初めての食事会は始まった。
シャンタルがこんなにもドキドキしていたのは、生まれて初めての食事会を自分が主催で開くことになったこと、そして今回はマユリアが欠席だということが理由だった。
「お客様はもうよくご存知のディレン船長とアランのお二人。それにこれからはこのような機会も増えることでしょう。すでにお茶会では立派にご挨拶をなさいました、大丈夫ですよ」
「ええ、マユリアのおっしゃる通り。シャンタルはご立派に主催をなされると思いますよ。ラーラはおそばに控えておりますのでぜひに」
席に着いた主催のシャンタル、それから二名の客、そして付き添いの形で同席したルギの四名の前にはとても食べきれない数、量の色とりどりの料理が並べられ、
会場は今回はマユリアの客室ではなく謁見の間であった。
そこに大きなテーブルを運び入れて花や置物などで飾り付けている。
「どうぞ、お好きなものを」
シャンタルはそう言ってそれぞれに付いた侍女に軽く頷いて見せる。
「あの」
シャンタルの言葉にアランが軽く手を上げて、
「その前にシャンタルの食事会に乾杯しませんか?」
言われてシャンタルが困ったような顔で、
「あの、乾杯ってなんでしょう?」
「え?」
今度はアランが驚き、隣にいたルギに、
「こちらでは乾杯の習慣はないんですか?」
と聞くと、
「高貴な方のお集まりではあまりないようだ」
と、言葉少なに答えた。
「そうなんですか」
アランは了承するとシャンタルを向き、
「食事会の始まりに挨拶のように飲み物を掲げて乾杯! と言うんですよ」
「まあ、何のためにですか?」
「うーん、そうですねえ」
アランは少し考えて、
「仲良くなりましょう、の合図みたいなものですか? これから一緒に食べたり飲んだりするのに勢いをつけるというか」
「民たちはそのようなことをしているの?」
「ええ、結構やりますね。特におめでたい席とかでは」
「まあ、そうなのですか。では、それをやりたいです」
シャンタルがにっこりして侍女たちに軽く頷いて見せる。
侍女たちがそれぞれのグラスに飲み物を注いだ。
今回はお昼の食事会なので酒はない。
「グラスを持ったらですね、こうして掲げて乾杯! と一人が言って、みんながそれに続きます」
「分かりました」
「そうです。シャンタルお願いします」
「はい」
シャンタルはふうっと息を一つ吸って吐き、
「では、乾杯」
とグラスを軽く掲げた。
「乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
3人がそれに続く。
アランたちがぐいっと一口飲み物を飲むのを見て、シャンタルも急いで口をつける。
グラスに入っているのは今日の衣装に合わせたような、緑色をした炭酸が入った飲み物だった。
3人の客がグラスを置いたのを見て自分も置く。
「ではいただきます」
アランがにこやかにそう声をかけると、
「ど、どうぞ」
背筋を伸ばしてそう答える。
なんだろう、何もかもが新鮮で楽しい。
「それにしてもすごいご馳走だなあ」
「そうだな」
アランの言葉にディレンが答えると、アランはテーブルの上のご馳走から小さな主催者に顔を向け、
「シャンタルのおすすめはどれですか?」
と、聞いた。
「え、おすすめって?」
「シャンタルがお好きで、それで俺たちに食べてみてくださいっていうやつですよ。お好みのお料理です」
「お好み……」
言われてシャンタルは考える。
今までそんなことを聞かれたことはなかった。そして考えたこともなかった。
いつも目の前に広がるご馳走の海から世話役の侍女が選んで皿に入れてくれる。その中からその時に食べようと思った物を食べる。次にまた出してもらった皿の上から同じように食べる。それを繰り返して終わるのだ。
前回と同じ料理が出ているのかどうかも分からない。
おいしいとは思うのだが、どれが好きかと聞かれると困ってしまう。
アランはシャンタルが困っているのに気がつき、
「いや、何しろ全部おいしそうですもんね。どれか一つとか選べませんよね」
そう元気に言うと、
「あ、自分でやりますから大丈夫です」
と、世話役の侍女の手から皿をもらい、
「さあて、どれからいこうかなあ」
と、ご馳走をキョロキョロと見渡した。
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