15 解放要求
「バンハ公爵のご子息とそのお連れの方々を宮で、ですか」
「さよう」
神官長からの申し出に、キリエは顔にこそ出さねど疑問と不快感を抱いた。
「今、この時期になぜそのような」
「それなんですが」
神官長も困ったような顔でため息をついて見せるが、その様子はキリエからはいかにも芝居がかった上っ面だけに見えていた。
「ご子息がおっしゃるには、国王陛下の御即位、シャンタルの交代など色々なことが変わろうとしている今、神殿に日参してこの国の安泰を祈願したいとのことでした。そのために宮に滞在させていただきたい、と。これから一線を退く我々のような古い時代の者がこのように立派な心がけの若い世代にして差し上げられるのは、そのお気持ちを汲むことぐらいではないでしょうかな」
はっきりとは言わないが、暗に次女頭の交代も含ませてくる。
キリエはその部分に対しては全く反応を見せず、少し考えてから、
「分かりました。客殿ではなく前の宮の客室でよろしければご滞在いただけます」
「なぜ客殿ではなく前の宮でしょう」
「人手が足りぬからです」
と神官長に
「今は親御様のご出産に向けて、そしてその後の交代に向けていくら手があっても足りぬような状態です。前の宮でのご滞在なら、他の客人もあること、失礼のないようにお世話させていただけるかと思います」
「他の客人……」
神官長が少し顔をしかめる。
「それは、あのエリス様ご一行の護衛だという若い者と、アルロス号船長、そしてその部下ですかな。拘束されているとのことでしたが」
「いいえ」
きっぱりとしたキリエの回答に神官長が首をかしげる。
「まだそちらに話はいっておりませんでしたか、エリス様ご一行は今も客人としてこの宮にご滞在中です」
「なんですと?」
さすがに神官長が本心から驚いた声を上げた。
「衛士たちに正体を見破られて逃げたのではなかったのですか?」
「表向きはそのようにしておりましたが、実は違います」
キリエは簡単に経緯を説明した。
「そのようなわけで、エリス様のご身分を隠すため、月虹兵のトーヤは身元を明らかにするわけにはいかなかったのです。ですが宮にまで怪しい気配が届くようになり、私が体調を崩した事とからめて一芝居打つことになりました」
「一芝居……」
「はい。
神官長は黙ったまま侍女頭を見つめている。
「ピンクの花が毒の花だったという事実はなく、すべて出どころもはっきりしています。ですからトーヤに手を貸していたという容疑で拘束していた侍女ミーヤもすでに解放され、引き続きご一行の世話役へと戻しております」
「取次役のセルマはどうなりました」
「残念ながら、セルマがあの香炉を黒く変容させたのではないか、との話が上がってまいりました」
ルギに話した内容が侍女頭に伝わってのことだと神官長は理解した。
「まだ容疑であり、確たる証拠も自供もございません。かといって、そのような話があるからには、セルマを自由にするわけにもまいりません。それで、そのままあの部屋に待機させております」
「さようですか」
神官長は何も感じさせない声でそう答えた後、
「エリス様ご一行に会わせていただけますかな」
と付け加える。
「それはできかねます」
「なぜです」
「申し上げましたが、どこからどのようにご一行に害を加えようとする者がおるのかが分かりません。エリス様もそのことにご納得で、神殿詣でもしばらくは控え、室内で静かにしておられるとのことです。必要なことであろうと神官長にはご説明いたしましたが、ご一行が宮におられることはまだ秘密のこと、ご理解をお願いいたします」
「さようですか」
神官長は侍女頭にそこまで言い切られるとさすがにこれ以上のことは言えなかった。
自分のかけた罠を巧みに利用してセルマだけを勾留し続け、他のことは何もなかったように整えて見せた。やはりこの侍女頭はセルマなどでは太刀打ちできる相手ではなかったかと、あらためて思う。
(だが負けるわけにはいかない、こちらもね)
神官長はそうして自分も気持ちを引き締める。
「ところで」
「はい」
「あの香炉のことですが」
「はい」
キリエにはルギから神官長の言葉が伝えられている。
「私がルギ隊長に申し上げたことがキリエ殿にも伝わってのことではないかと考えているのですが」
「さようですか」
鋼鉄の侍女頭は表情を変えぬままそうだとも違うと答えない。全く食えないと神官長が心の中で苦笑する。
「あの時は、もしかしてとその可能性をルギ隊長に申し上げましたが、あくまで可能性の話です。ですが、そのために無実のセルマが拘束し続けられているとしたら、それはまた違うと申し上げねばならないかと思っています」
キリエは黙って神官長の言葉を聞いている。
「セルマがあの香炉をキリエ殿に持って行ったという証拠はない、そうではないですかな? でしたら、ミーヤと申す侍女を解放したのと同様にセルマも解放していただきたい」
神官長は厳しい顔でキリエにそう求めてきた。
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