14 新旧交代

「王宮によると国王陛下がお会いしたくないとおっしゃっている、そういうことであった」


 王宮から下がってきた前国王の側近であった旧勢力たちは、ある貴族の館に集まり会合を行った。その時に王宮へ行った者からの答えがそれであった。


「それを信じるのですか?」

「そう言われてもそれ以上の返事がいただけなかったのだから」

「返事がいただけないですごすごと帰ってきた、そんなことでどうするんですか!」

「本当に国王陛下はご無事なんでしょうか!」


 旧勢力でもリーダー格であったバンハ公爵の長男ヌオリを中心に若い者たちがそう言いだした。旧勢力にも若い者はいる。とうとうその若い者たちが長老たちの行動に焦れてきたのだ。


「噂の通り、もう陛下は『皇太子』に亡き者にされているのではないのですか?」


 旧勢力の者たちは現国王の即位を認めず、今でも「皇太子」と呼び続けている。もちろん、王宮に行く時には表面的に「陛下」と呼びはするが、今でも心の中はそうなのだ。


「明日、もう一度王宮に行きましょう。そしてどうやっても国王陛下に会わせてもらうのです。会わせてもらえるまでは帰らない、その覚悟で行きましょう」

 

 ただただ前国王の側でのんべんだらりとその地位に甘んじるしかできなかった年長者たちに、その子世代の者たちが強く出て、主権を握る手が交代した瞬間であった。


 そして翌日、言葉の通り、若い世代の前国王支持者たちが王宮を訪れた。


「どうして前国王陛下にお目にかかれないのでしょうか」

「昨日も申しましたがお会いになりたくないと仰せなもので」

「おかしいでしょう!」


 若い世代のリーダーであるヌオリが王宮衛士ににじり寄る。


「どうおっしゃられても無理なものは無理なのです」

「王都で流れている噂をご存知か?」

「いえ」

「息子である今の国王陛下が、実の父である前国王陛下をその手にかけた、そういう噂です」

「えっ!」


 この日の当番の王宮衛士は知らなかったようで、思わずそんな声が出てしまった。


「知らなかったのですか? 街ではもっぱらの噂です。この噂を打ち消すためにも、現国王陛下のお為にも、前国王陛下にお目にかかる必要があるのです」

「いや、あの、しばしお待ちください」


 王宮衛士が急いで下がり、上司に伺いを立てに行ったが、すぐに戻ってきて同じ言葉を繰り返す。


「どうしてもお会いしたくないとおっしゃっていらっしゃると」


 ヌオリが戻ってきた王宮衛士をにらみつけた。


 前国王の周辺にいた者の中でもヌオリはかなりの野心家であった。父である公爵は生まれつきの家柄の良さ故に国王を取り巻く輪の中にごく当然の顔で混じり、その地位をごく当然のものとしか思ってはいなかった。その父親の側で国王だけではなく皇太子を見ていて、己も努力をすればさらに高みに登れる、そう思ったヌオリは様々な努力を重ねてきた。そして自分の代にはさらに上の地位を、そんな想いを抱いていた。

 それだけに、いきなりの国王交代で自分たちより下だと思っていたラキム伯やジート伯がさも当然のように新国王の一番の側近顔をし、その側にはべるのを目にしては、気にいらないなどという簡単な言葉で済まされるものではない。耐え難い屈辱だ。

 実際、国王など誰でもいいのだ。自分たちがその側近中の側近でさえいられれば。代替わりすれば自然とその場所は自分の手に転がり込んでくるとばかり思っていたのに、こんなことが許されていいはずがない。ただただ、その思いだけで旧勢力の会合に参加してその様子を見守っていたが、父の代の元側近たちはなんとも腑抜ふぬけ、口だけで何かをする力量もない、それを思い知った。


「では、お会いできるまで王宮より下がることはしません。部屋を用意していただきたい」


 ヌオリの言葉をまた当番の衛士が伝えに行くが、


「部屋の用意はできない。王宮より下がり連絡があるまで待つように、とのことでした」


 との答えを持って帰ってくる。


「本当におかしいと思われないのですか?」

「…………」


 ヌオリの言葉に当番衛士は沈黙で答えるのみ。


「分かりました、結構です」


 ヌオリは丁寧に丁寧に、高位貴族としてこれ以上はないぐらいに麗々れいれいしく王宮に向かって正式の礼をすると、くるりときびすを返して王宮から去った。


「どうします」

「どう言われようと日参してやるさ。そのためにこちらだ」


 ヌオリと若い貴族たち10名ほどが向かったのはシャンタル宮であった。


「街での噂を耳にしただろう」

「ええ」

「今の国王陛下の御即位を天はお認めになっておられない。その間違いを正すために宮に民の声を届けていただきたい、そう言っていた」

「え! ですが、今は宮は封鎖中でシャンタルやマユリアに謁見はできませんよ」

「分かっている。だが客として客殿に滞在することは可能だろう」


 それは確かに可能であった。封鎖中にも貴族もリュセルスの民もお参りのために神殿にやってくる。封鎖の外からの訪問は受け入れないが、神殿参りのために来る者は入ることができるのだ。


「この国のために神殿に参りたい、そう言って滞在すればいいのだ。嘘ではないだろう。そうして毎日王宮にも押しかけてやる」


 若いだけになんとも力押しな方法に出たものである。

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