16 毒見

 アーダが一人きりにならずに済むことで、ミーヤは安心してセルマのいる部屋へと戻ることができた。


「なんだか宮がざわついていませんか」


 ミーヤが部屋に入るとセルマが声をかけてきた。

 セルマはこの部屋から外に出ることはないのだが、それでも見張りの衛士の様子、いつもより多くの者が往来する様子から、なんとなく落ち着かなさを感じてはいたようだ。


「ええ、実は」


 ミーヤは王宮に不審者が入り込んだかも知れないこと、そのことで宮も気をつけるようにとお達しがきたことなどをかいつまんでセルマに話した。


「王宮から……」


 セルマがその言葉に何かを感じたようだった。


「そういえば、神殿から王宮に通じる隠し通路があるそうですね」


 「エリス様」とベルが部屋に戻された時に本人たちから事の次第を聞いているので、ミーヤが知っていても特に不思議もない。口止めもしなかったことから、ある程度の人には知らされている公然の秘密なのであろう。


「ええ」


 それを裏付けるようにセルマも普通に答える。


「あのような抜け道があることは、知られていることなのでしょうか?」

「それはどうでしょうね」


 セルマはそう言って少し考えていたが、


「あの神殿と王宮をつなぐ通路は、私が取次役という役職にあったから神官長が教えてくださったことです。一般の侍女や衛士たちは知らないのではないかしら」

「そうなのですか」


 宮にもそんな通路があるが、それはシャンタルとマユリアの警護のための隠し通路で、ミーヤたち侍女も、いくつかについては知っていた。

 例えば、トーヤがルギに捕まった時に通った通路、あそこはいざという時に謁見の間からお二人をお逃しするための通路だと、宮に仕える者ならばみな知っている。もしも何かが起きた時、衛士でも侍女でも、誰でもその時に一番お近くにいた者がお二人をあそこから外にお連れするようにと、その時のために教えられている通路の一つだ。


「それは、王宮で何かあった時に王族の方などをお逃しするためのものでしょうか」


 そのことを思い出してなんとなく聞く。


「多分そうでしょうね。考えてみれば不思議なことではないでしょう」

「確かに言われてみればそうかも知れません。ということは、もしかしたらどなたかがそこを通って神殿へ逃げていらっしゃった、そのような可能性もあるのでしょうか」

「それはあるかも知れません」


 2人とも「誰が」とは言わないが、今、この状況の中で王宮から逃げる方というとあの方しか思い浮かばない。


「ですが、王家の方がご存知の道は、他の王族の方ももちろんご存知でしょうし、そのような通路のある部屋にお入れになるとは、ちょっと考えにくいのではないかしら」

「ええ、そうですね」


 新国王が、わざわざそんな部屋に父王を入れることはしないだろうと思われた。


「ということは、やはり本当にどこからか不審者が入ってきたかも知れない、そういうことになるのかも」


 セルマはそう言っておいてから、


「もしかして、トーヤと申すあの者ではないのですか?」


 と、聞いてきたので、


「いえ、その可能性は低いのではないかとアランと話しておりました」

  

 ミーヤがアランの見解を説明し、セルマも納得したようだった。


「では一体誰が」


 前国王ではなかろう、トーヤでもないようだ、そうなると今度は一体何が起こっているのかと不思議に思うが、今の段階では2人にも何が起きているのかは分からない。


「なんにしろ、注意するにこしたことはないですね」

「はい」


 そう言って何事もなかったように夜を迎え、静かに寝ることとなったが、心の中にやはり何かが残るのは仕方がないことだろう。

 



 そして、その当人、今は神官長の私室にかくまわれている前国王ももちろん、例外ではなく落ち着かない夜を迎えていた。


「いつまでだ」


 一日の用が全部終わり、私室に戻ってきた神官長に、前国王がいらつきを抑えながら尋ねた。


「お聞きしたいのは私の方なのですが」


 入浴を済ませて寝巻き用の私服に着替えた神官長が、やはり同じく入浴を済ませて神官長の寝巻き用の私服に着替えた前国王に答える。


「どういう意味だ」

「あなた様の支持者たちですよ、あなた様の失脚で一線を退しりぞいた能無しの貴族たちです」


 前国王が神官長の言い方に、こめかみに青筋を立てた。


「もう少し早く動いてくれると思っていたのですが、なかなかでして……」


 神官長は前国王をなだめるように、趣味のいい陶器のカップに入れたお茶を勧める。


「どうぞ、温かくて気持ちが落ち着きますよ」


 前国王は疑うようにカップをじっと見つめて手を出さない。


「大丈夫ですよ、何も入っていません。毒見が必要ですか?」


 神官長はそう言って、からかうように前国王の前に置いたカップの中身を自分のカップに移して飲んでみせた。


「気が向かれたらどうぞ」


 そう言って自分はゆっくりゆっくりとカップを持って中身を飲む。


「本当に、もう少し早く動いてくれると思っていたんですよ。色々と手助けもしましたし。ですが、わあわあと騒ぐだけで、なかなか動いてくれません。まあ、そういうことに慣れていない方ばかりですし、仕方がないのかも知れませんね」


 と、神官長は「能無し」を少しばかり耳障みみざわりのいい言葉に言い換えた。

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