17 概念
「確かに、確かにな! おまえ、よかったな、ぶさいくじゃなくてよ」
トーヤがひとしきり大笑いしながらシャンタルの肩を叩き、
「本当、よかったよ美人で」
シャンタルがさらっとそう言ったので、さらに笑いの輪が広がる。
『笑いとは素晴らしいものですね』
光がキラキラときらめく。
「えーでもよう、やっぱり思わねえ? 美人の反対はぶさいくじゃん? 元があんたのマユリアの反対なのに、なんでシャンタルこんな美人なんだ?」
率直なベルの質問にまた笑いが起こり、光の輪がさざめきながら広がった。
『童子……』
なんとなく笑いをこらえるように光がベルに声をかけた。
『美しいとは、美しくないとは何でしょう』
「いや、そりゃ見りゃわかるじゃん。美人だなー、普通だなー、そうじゃねえなーって」
また笑いが起こる。
『美しい、美しくないとは
『時代によって、場所によって、見る者の感覚によって変わるものなのです』
『今、この場で美しいと言われるものも、他の時代、他の場所では美しくないと思われることもあるのです』
「え、そうなの?」
「ああ、それならなんとなく分かるね」
ナスタだ。ナスタがこの空間でこのように発言するのはほぼ初めてだった。
「あたしは長年産婆をやってるから分かるよ。シャンタルは次代様として生まれたから、最初から尊い方として生まれたからみんな素直にきれいだって受け入れられたけど、もしもあたしが村の子として取り上げてたら、やっぱり恐ろしく思って、場合によっちゃなんて醜い子だって思ったかも知れないね」
「え、おっかさん、そうなの!」
ベルがナスタの正直な感想に驚いてそう聞く。
「普通の子は黒い髪白い肌で産まれるものと思ってた。この国じゃみんなそうだからね。だからそうじゃない薄い色の髪、黒い肌で生まれたというだけで、そう思った可能性はあるよ。こういうのは理屈じゃなくて、感覚と感情だからどうしようもない」
「そうなのか……」
ベルにはナスタの言葉が衝撃だったようだ。
「だから、シャンタルを取り上げたあたしの師匠、じいちゃんの姉さんがそのまま宮に残ることになって、最初はどうしてかと驚いたけど、シャンタルの髪や肌を知った時、あたしはなんとなく気持ちが分かるような気がした。もちろん口には出せなかったけどね。常とは違う子を取り上げるということは、そういうことなんだよ」
「そうじゃったな」
村長が姉の手紙を思い出して短く添えた。
『わたくしが申すわたくしではないこと、それは概念であり、変わりうることに対してではないということです』
『だから、
『それでいいですか』
光が優しくベルに話しかけた。
「う~ん、まだなんとなく分かったってちゃんとは言えないけど、そういうこともあるのかも知れないなとは思える」
ベルの今の素直な気持ちだ。
「じゃあさ、一体何が反対なんだ? 髪の毛と肌の色と、それから男ってのは分かった。それ以外は何がどう反対?」
『
光がさっきと同じ単語を伝える。
『あらゆることが概念として反対なのです』
『その中で一番分かってもらえるだろうこと』
『おそらく黒のシャンタルの一番大きな力』
『それはなにものにも染まらぬこと』
あの夜、トーヤとシャンタルがアランとベルに八年前の出来事を語ったあの時、アランが口にした言葉だ。
『おそらく、何者にも染まらない、穢れにもその他の何にもな』
『マユリアが一番欲しがっているのがその力です』
女神シャンタルが生き神を生み出した
『なにものにも染まらぬシャンタル、それはマユリアが何よりもそうなりたいと思うものなのです』
「それでシャンタルを聖なる湖に引きずり込んで、その力を自分のものにしようとしたってわけか」
トーヤが静かにそうつぶやく。
「ですが」
困ったようにミーヤが口を開いた。
「シャンタルを聖なる湖に沈めたら、その力がマユリアのものとなるのでしょうか?」
「あ、私もそう思いました」
「私もです」
侍女3人が言葉を合わせる。
『聖なる湖の深い底に黒のシャンタルの体を沈めて、その力だけを己のものとする』
『わたくしが聖なる湖の水底から歴代シャンタルに力を送り』
『マユリアの海からマユリアが歴代マユリアに力を送る』
『これまで行っていたのと同じことができるはず』
『そうすることが可能だとマユリアは信じています』
「マユリアはってことは、あんたはどう思ってんだ?」
トーヤの質問に光は少しだけ時間を置いてからゆっくりと答えた。
『分かりません』
『深き湖に沈められたなら、黒のシャンタルの肉体は命を失う』
『わたくしが聖なる湖に沈んだ時と同じくなるのか』
『人と同じ死を迎えて命と共にその力を失うのか』
『神の身と神の命を持って人となったマユリアと黒のシャンタル』
『神であるのか人であるのか』
『それは誰にも分からぬことなのです』
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