12 その理由を
翌日、言葉通りにマユリアは床上げをし、小さな主は大層お喜びになられた。
「よかったわ、一体どうなさったのかとそれは心配していました」
「ご心配をおかけいたしました、ですが、もう大丈夫です」
「本当に大丈夫なのですか? こんなことはないことなので、わたくしもどうすればいいのかと震える思いでした」
「ラーラ様はずっとマユリアのために祈っていらっしゃったのよ」
「ええ、それはシャンタルもでしょう」
マユリアは小さな妹と姉とも母とも慕う方のお気持ちを、暖かく、うれしく、そして申し訳なく受け取った。
「ですが、ほら、もうこんなに元気になりました。お二人共、本当に心配をおかけいたしました」
美しい女神がお二人をギュッと優しく、柔らかく抱きしめる。
小さな主は、その時になってやっと、そのぬくもりの中でお元気になられたのだと実感し、思わずほろりと涙ぐんだ。
マユリアはラーラ様と当代シャンタルに全快の報告に行き、お昼を一緒にいただいた後、シャンタルのお昼寝の時間までを一緒に過ごし、その後で自室へと戻った。戻ると、やはり予想通り、神官長からの面会申請が届いていた。
「いかがなさいますか」
本日の担当侍女が困ったような顔でそう聞いてきた。
ここ数日、体調不良のことは告げず、誰とも面会はしないと断り続けてきたので、侍女たちにも色々と圧力がかかっているのだろう。
「分かりました、会いましょう。この後、夕食前に半刻ほどなら時間が取れると伝えて下さい」
「分かりました」
担当侍女はホッとしたように正式の礼をして下がっていった。
今は宮の中が不安定だ。取次役のセルマが謹慎中で、元の通りにキリエの元で規律正しく動いてるとはいえ、すでに侍女頭の勇退と交代の噂は広まっている。そしてそれは近々事実となることだ。侍女たちは皆、自分がこの先どうすればいいのか、不安に思い、戸惑っている。
何しろ宮は普通の職場とは違う。普通の仕事ならば、どうしても嫌だったり、合わない人間がいるなら辞めるとか、同じ業種の違う職場に移動するとかもできるが、宮ではその後もずっとここで一生を過ごさなければならない。誓いを立ててしまったら、何があってももう辞めることも出ることもできない。自分の命がある限りはずっと。
それだけに、もしもキリエが
あの時、キリエが侍女頭の交代を
一体キリエは誰を次の侍女頭に指名しようとしているのだろう。マユリアがそんなことを考えていると、神官長が応接へと案内されてきた。
「この度はありがとうございます。もしかして、もうお会いいただけないのではと思っておりました」
神官長は正式の礼をとり、深々と頭を下げる。
「そのようなことはいたしません。どうぞ、おかけなさい」
「はい、ありがとうございます」
神官長はテーブルのところの椅子につくと、もう一度深々と頭を下げた。
「それで、今日はどのようなお話でしょう」
「はい」
淡々と聞くマユリアに、神官長がまたもう一度頭を下げ、上げてから答えた。
「あの、例のお話でございます」
「例の話とはどの例の話でしょう」
「いやあ」
神官長がなんとなく言いにくそうにそう言ってから、
「この国のこれからの形のことでございます」
そう答えた。
マユリアは思い出す。あの日、この老神官が自分の衣装の裾を必死に掴み、懇願したあの時のことを。
そして自分はキリエとルギにどんな話をしたかを聞いた。
3人の話を総合すると、神官長は確かにこの国の未来のことを憂え、それ故に今のような無茶をしているのだ、それだけは理解できた。
そこにはまだ自分が知らぬ秘密がある。もしかするとこの目の前の老人は、その秘密を自分に伝えてでも思いを叶えようとするかも知れない。
聞きたくないとマユリアは思った。その秘密は、もっと違う誰かから聞きたい。それが誰かは分からないが、とにかく神官長の口からは聞きたくはない。
「キリエ殿とルギ隊長とはお話しいただけたでしょうか」
「ええ、色々と話を聞きました」
「そうですか。それで、どのように受け止められました」
「あなたがこの国の先行きを心配してくれている、それはとてもよく分かりました」
「それはようございました」
神官長はニコニコと笑うと、
「最後のシャンタル」
そうつぶやいた。
「そのことをキリエ殿にお聞きになられましたでしょうか」
「ええ」
「では、
ああ、やはり神官長は話すつもりなのだ。マユリアは確信した。
「いいえ」
聞きたくない。この者の口からその秘密とやらを聞くつもりはない。
そう思った時、マユリアの世界がすうっと一回り小さくなった。
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