8 三つの宝物

「そのお金がどうしてあなたの手元に? 返さなかったのですか?」

「いえ、同じ金額を私の手持ちから入れておきました」

「手持ちから?」

「はい」

「どうしてです」

「それは……」


 またミーヤが少し言葉を探す。


「どうしました」

「いえ、はい、あの、尊いお金に思えたからです」

「尊い?」

「はい」

「理由を話してください」

「はい」


 ミーヤは意を決したように話し出す。


「さきほどの青い小鳥、フェイにはとても手の届かない物ではありましたが、おっしゃる通り、子どもでも少しお小遣いを貯めれば買えるほどの額の品物です。そんな金額ですから忘れてしまっていても特に何も問題がないのに、トーヤはそれをきちんと覚えていて、自分の手で得たお金ができた時、一番にそれを持ってきて返しておいてくれと言いました」

「なるほど」

「それで、私が管理していた金袋に入れようと思ったのですが、特別なお金のように思えてどうしても戻せませんでした。それで自分の手持ちを袋に入れて、それはそうして持っていました」

「なるほど」


 ルギは説明を聞き、納得したように小銭を小袋に戻した。


「これで全部か」

「はい。侍女ミーヤも衣装と本、仕事の資料などは部屋にありますが、私物と言っていいものはそれだけです」

「分かった、ご苦労だった」


 衛士たちがルギに頭を下げ、ミーヤの荷物を入れた箱にもフタをする。


「調べが終わるまで一応こちらで預かります、よろしいですな」


 ルギはセルマとミーヤにそう言うと二人とも黙って頷いた。


「箱に封印をして私の執務室の控えの部屋に入れておくように」


 ルギは衛士にそうそう命じ、


「特に問題のある物は見つかりませんでした」


 マユリアにそう報告する。


 するとセルマが、


「問題がない、ですか」


 そう言ってクスクスと笑った。


「何かありましたか?」

「ええ、ありました、大ありです」


 セルマはルギに向かって続ける。


「この者の宝物、特に大事な手作りの袋に入れてまで守っていたもの、どれもこれも全部トーヤ、トーヤ、トーヤ、トーヤがらみの品ばかりではありませんか。これはこの者がやはりトーヤに特別の気持ちがあることを証明している、ねえ、そうでしょう?」


 セルマが勝ち誇ったように晴れやかな笑顔でミーヤを見る。


「それほど大事な物なのですよね、おまえには。そう、愛しい男の思い出の品だから」


 ミーヤは何も答えない。


「これこそ、この者があの男をこの宮に引き入れた証拠ではないでしょうか」


 そう言って今度はマユリアを見る。


 部屋の中が湿度を含んだような沈黙に支配された。

 誰も何をどう言っていいのか分からない、そんな空気だ。


「ねえ」


 セルマが笑顔のままでミーヤに近づく。


「なんでしょうか」


 ミーヤは少しかすれた声で、それでもしっかりとそう答えた。


「トーヤはどこにいるのです? 知っているのでしょう?」

「いえ、存じません」

「本当のことを言いなさい、知っているのでしょう」

「いいえ、本当に知りません」

「知っているのでしょう?」

「いいえ、本当に知りません」


 セルマの笑顔がさらにゆるみ、いやらしいと言ってもいい表情になる。


「本当のことを言いなさい。おまえはいつここから抜け出して、どこで落ち合うことになっているのです」

「本当に知らないのです」

「嘘ばっかり」


 セルマがクククククと小さく声を出して笑った。


「本当は一緒に逃げるつもりだったのではないの? トーヤは一緒に行こうと言ったのでしょう?」

「それは」


 違うと言えば嘘になってしまう。


『あんたは、セルマに目をつけられてる。このままここに残ってても厳しく詮議されるだけだと思う。一緒に来てくれ』


 トーヤはそう言ってミーヤを共に連れて行こうとした。


「どうしました」


 セルマが勝ち誇った笑顔になる。


「言ったのでしょう? 一緒に行こう、一緒にここから逃げよう、一緒にいよう」


 ミーヤは少し俯き、すうっと息を吸うとしっかりと顔を上げて言った。


「はい、言いました」


 部屋の中のみんなが息を飲む音がした。


「やっぱり」

「言いました。ですが、それには理由があります」

「理由?」

「はい」

「おもしろい、言ってみなさい」


 すっかりこの場はセルマによって支配されてしまっている。

 もうセルマは容疑者ではなく、この場の審判のようであった。


「はい、申し上げます」


 ミーヤはしっかりとセルマを見て言う。


「私は八年前にトーヤの世話係でした。そのことで私はセルマ様に目をつけられるだろう、残っていても厳しく詮議されるだけだ、だから一緒に来るように、と」

「な!」


 セルマが眉を吊り上げた。


「はい、私が無実でも、きっとセルマ様は私に対してそのようにするだろう、セルマ様が私に罪をなすりつけるだろう、そう考えてトーヤは一緒に来るように、そう言ったのです」

「無礼な!」

「無礼でしょうか」


 ミーヤが静かに続ける。


「現にこうしてセルマ様は、私にないはずの罪をあるものとなさっていらっしゃいます。私の大切な思い出を、まるでけがれたもののようにおっしゃって。トーヤは、そうなるのではないかと考えて、逃げるようにと言ったのです」

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