9 アランの客

「船長、俺もシャンタルとマユリアにお会いできないでしょうか」


 やはりそう来たか、とディレンは短くため息をついた。


「あのな、さっきも言ったと思うが、俺はエリス様たちのおまけだったんだよ。だから、俺がどうにかできるってもんじゃないんだ」

「では、そのエリス様とお会いできませんか? 会って、それで俺から直接頼みます」


 リューの目が必死にディレンを見る。


 一体どうしたものかとディレンは考え、


「リュー」


 と、元王宮衛士の男を船の上で名前で呼んだ。


「おまえは今は俺の部下、この船の乗組員だ。少なくとも俺はそう思ってる」

 

 リューは黙って聞いている。


「だけど、おまえにはおまえの思うところもあるだろう。だから、どうなるかは分からんが、一緒に宮へ行って頼んでみてやる」

「本当ですか!」


 リューは真剣な目でディレンを見た。


「だが、一つだけ聞いておきたい。おまえはシャンタルやマユリアに会えたらどうするつもりだ」

「もちろん、今の国王がやった非道なことを訴えて、王の座から降りてもらうように命令してもらうつもりです」

「やっぱりそれか」

 

 ディレンがふうっと息を吐いて苦笑した。


「それで、もしも希望通りに聞いてもらえたらどうするつもりだ?」

「え?」

「前は、王様がひどいってみなに訴えたら、目立つ場所で自害する、そう言ってたよな」


 リューは沈黙で答える。


「もしも、今度もそんなことを考えてるなら、俺はその手伝いはできん。なぜなら、おまえはもうこの船の乗組員だ、俺の家族みたいなもんだ。そいつがそんな物騒なことを考えてるなら、お断りだ」


 リューは黙ったままディレンの目をじっと見つめている。


「約束できるか、もしもシャンタルかマユリアに会えたら、もうその後はこの国のことはきっぱり忘れて、船乗りとして人生をやり直すって。もしも誓えるなら、力を貸してやる」


 リューはしばらく黙っていたが、


「分かりました、誓います。シャンタルに、マユリアに誓って、自分で自分の命をなくすようなことは絶対にしません」

「分かった」


 ディレンはアランに手紙を書き、船員に届けさせた。そして思った以上に早く、翌日には宮に来るようにとの返事をもらった。


 早速リューを連れて、護衛という名の見張りで船にいた衛士と3人で宮へと戻る。そしてエリス様ご一行が初めて宮へ来た時に案内された、客殿の面会室へと通された。


「どうも、手紙見ました」


 部屋へ来たのはアラン一人だった。


「それで、その人が例の人ですか」

「そうだ」


 リューはアランのことを不審そうな顔で見ている。


「俺はエリス様の護衛をやってるアランです。元々はアルディナで傭兵やってました」

 

 アランは何を考えているのか分からない無表情でそう挨拶をした。このどう考えてもまだ十代にしか見えない、少年と言っていい年齢の男がそんなことを言ったことにリューは驚いた。


 その少年がリューの反応を意に介さず、こう続ける。


「エリス様には会えませんよ。知ってるかどうか分かりませんが、あの国の女性はそう簡単に知らない男と会わないんですよ」


 それはリューの希望を打ち砕く言葉であった。

 

「私の希望は聞いてもらってますよね」

「ええ、シャンタルかマユリアと会いたいんでしょ? それで、エリス様がお二人に会う時に一緒についていきたい、そういうことでした」

「おいおい、俺はもう少し丁寧に説明したはずだぞ」


 ディレンがそう言うと、アランは初めて少し笑ってから、


「まあ、まとめるとそういうことですよね。ですから、エリス様と同行するというのは不可能です」


 と、もう一度無表情に戻ってリューにそう言った。


「そうですか。では、私はここにいる意味がありませんし、失礼します」

「まあ待ちなさいって」

 

 立ち上がりかけたリューを、アランが同じ調子で止める。


「エリス様は無理ですが、もしかしたら俺と一緒ならなんとかなるかも」

「え?」


 なぜだ。なぜこの少年にそんなことができる。この少年はアルディナから来たと言った。外の国から来たこんな年若い人間が、どうして神と懇意であるかのような言い方をする。


「あー、言ってなかったがな、アランはシャンタルのお友達だ」

「え?」


 今、船長はなんと言った? 


「だから俺、シャンタルと友達なんです」


 何度言われても理解できないものはできない。


「まあ、会えるかどうかは分かりませんが、一応聞いてはみます。それでどうです?」


 そう言って、少年は初めてリューに笑顔を見せた。


「だから、それまで前の宮の部屋にでもいてくださいよ。今は船長とハリオさんと俺が同室ですから、担当の侍女の人にそこにいていいかどうかキリエさんに聞いてもらってます」


 キリエとは侍女頭の名前だと知っている。その侍女頭をさん付けで呼ぶとは。


「あ、来た」


 迎えに来たのはミーヤだった。


「キリエ様からの許可が出ましたので、お客様はアラン様の部屋で一緒にご滞在いただけます」

 

 リューが初めて間近で見た侍女は、オレンジの衣装を着て、正式の礼をし、そうしてリューを出迎えてくれた。まるで夢を見ているようだとリューは思った。

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