16 悪口と盾

「では、今伺ったことを前の宮に伝えておきます。それでよろしいですか」


 その言葉に侍女たちは「はい」と声を揃えて答える。


「それ以外にも何かございましたら、取次役取りまとめのフウ様にお伝えください。もしくは私かもう一人の取次役のミーヤに声をかけてくださっても構いません。よろしくお願いいたします」


 その言葉にまた侍女たちは「はい」と声を揃えて答える。


 そして取次役が退室しようを背を向けると同時に、ざわざわと何かをささやき出した。


「よく平気でいられることね」

「本当に」

「懲罰房に謹慎、一体何をしたのかしら」

「キリエ様のお情けで元のお役目に戻してもらってねえ」

「ええ、恥ずかしくないのかしら」


 セルマは背中でその声を全部受け止める。


 ここは奥宮の食事係、セルマが取次役に抜擢される前、誓いを立てて奥宮付きになった時に配属された部署だ。取り次いで欲しいことがある、そう言われて担当であるセルマは足を向けた。


 そもそも最初からセルマは特別扱いをされていた。奥宮の大事な方たち、シャンタルとマユリア、それにラーラ様はじめシャンタル付きの重役の侍女たちの口に入る物を扱う部署だ、本来ならある程度の年月を務めて信頼を得てからでないと役目に就くことはできないはずだった。


 今日の当番は自分の同期であるアネスが担当の日である。自分のすぐ後に誓いを立てて奥宮に入り、セルマへの古くからの侍女たちの疑念や不満を和らげるためのように、同じく食事係に配属された。 

 セルマがここに配属されたのは神官長の強力な推薦があったから、つまり神官長が後ろ盾であると公言しているようなもの。そのためにセルマへの不満を口にできない先輩侍女たちが、代わりにアネスにきつく当たったとの噂もあった。

 そしてキリエの食器に毒を塗った時にもたまたまアネスが当番にいた。セルマに対して大きな不信感を持っていることだろう。


 アネスの声が背後に含まれていたかどうかは分からない。だが、それぐらいのことは言われるだろうと覚悟はしてここに来たのだ。セルマは知らぬ顔をして部屋を出た。


「あら、もう終わりました?」


 そこには取次役取りまとめのフウがいた。


「はい」

「あらま、それはタイミングが悪かったこと。申し訳ないけど、もう一度一緒に戻ってくださいな」


 フウはそう言うなりセルマの意思には関係なく、その肩に両手をかけてくるりと向きを変え、


「入りますよ」


 と言いながら扉を3度ノックして、そのまま扉を引っ張って開けた。


 中でセルマの悪口を言っていた侍女たちは、急いで元の位置に並び直す。


「気を抜いたばかりのところをごめんなさいね。私がセルマに伝え忘れていたことがあります。本日の食事で少し変更がございます。シャンタルがお友達と昼食をとられる予定が入りました。それでですね……」


 目の前にさっきまで悪口を言っていたセルマが一緒に立っている。食事係の侍女たちは、なんともばつが悪そうな様子でフウの話を聞くしかない。


「これで大丈夫でしょうか? いかがです?」


 その言葉に侍女たちは「はい」と声を揃えて答えるが、フウが最後の「いかがです?」で声を張り上げたもので、思わずこちらも大きな声で元気よく、まるで衛士の幼年学校の少年のような声で答えてしまう。


「あら、元気がいいこと。それはとてもいいことです。ではお願いしますね。さ、行きましょうか、手間をかけました」


 フウはセルマにか、それとも侍女たちにか分からない感じでそう言うと、セルマの肩に両手をかけ、またさっきのように反転させて元気よく部屋から出ていった。


「さて、お仕事をとっとと終わらせて、植物園に行きたいものです。後は任せて構いませんよね?」

「あ、はい」

「では、お願いします」


 フウはそう言うと、何もなかったように植物園に向かって勢いよく歩き出した。


 セルマは思わず早足で近寄り声をかける。


「あの」

「はい?」


 フウはその勢いのままくるりと振り向いた。まるで侍女らしからぬその所作が、かえって誠実な侍女らしさを際立たせたように見えたのが不思議だ。


 フウは、おそらくセルマがそういう目に合うだろうと思って、盾になりに来てくれた。その礼を言いたかった。

 だがどう言えばいいのだろう。助けてくれてありがとう。それが本当は正しいのだろうが、そう言ってもこの風変わりな侍女は認めてはくれないのではないだろうか。


「あの、助けてくださってありがとうございます」

 

 そう思いながらも思わず口から素直な言葉が口をつく。


「あれも仕事のうちですからね」


 予想に反して、フウは素直に助けたことを認めたようだ。


「気にしないことです。人の噂も七十五日、知らん顔してればそのうち何も言われなくなります。その間は多少しんどい思いもするでしょうが、それが一番」


 特にほほえみもせず、励ますようでもなく、ただ自分が思っていることを口にしているだけなのだろう。だがその口調が特に押し付けがましくもなく、淡々としているもので、なんだか素直に受け入れられた。


 もしも色々とたしなめるように言われたり、気を遣われたり、もしくは説教でもされるように言われたら、自分はより心を固くしてしまっていただろうとセルマは思った。

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