21 心の内を見せぬ者
キリエはマユリアの私室を出ると、一旦侍女頭の執務室へと入った。
キリエの心は
キリエはいつものように執務をし、侍女たちに必要な指示をして、報告を受けた。全くいつも通り、変わることのない日常を過ごしているとしか見えない。
キリエはその仕事の延長、これもいつもの業務の一環のようにある部屋を訪れた。
「変わりはありませんか」
「ええ、おかげさまで」
ここはアランたちが滞在している客室だ。
「先日の件でアラン殿にもう少し伺いたいことができました。後ほど、担当侍女と一緒に私の執務室にご足労願えますか」
「はい、分かりました」
キリエは必要なことだけを伝えると、退室して行った。
「なんだろうな」
帰ったのを確認すると、主寝室からトーヤがひょっこりと顔を出す。
「この間のだっきゅう事件じゃねえの?」
トーヤに続いてベルもそう言って応接へと移動してきた。
キリエの訪問があったので、急いでトーヤ、ベル、シャンタルは一緒に移動したのだ。
シャンタルはそのまま寝てしまったので置いてきた。
「そうかも知れんが、わざわざキリエさんの執務室に来てくれってのが、ちょっとひっかかる」
今、この部屋にいたのはアラン、ディレン、ハリオの3人だった。必要なことがあれば、ここで聞いたのではないかとも思える。
「それに、担当侍女と一緒にって言ってたよな。今からだと午後からの担当は誰だ?」
「今日はミーヤさんだと思う。アーダさんは今朝、色々とやってくれて、今は昼休憩に行ってるはずだ」
「つまり、ミーヤご指名ってことになるよな。キリエさんなら当然そのぐらいのこと計算して動いてる」
「そうだな、俺もそう思う。まあとにかく、ミーヤさんが来たら一緒に行ってくるよ」
昼食後の片付けが終わった頃にミーヤが部屋にやってきて、アランと一緒にキリエの執務室を訪ねた。
「ご足労願って申し訳ありません。もう少しお聞きしたいことができたもので」
キリエがアランとミーヤに椅子を勧め、2人はテーブルの前に腰をかけた。そこに当番の侍女が菓子とお茶を持ってきて、下がる。
「単刀直入に聞きます。トーヤは今どこにいます、エリス様は。すぐに連絡が取れますか」
「え!」
キリエが念のために声を潜めながら尋ねる言葉に、アランは一瞬たじろいだが、すぐに態勢を整え直した。
「ちょっと待ってください、いきなりそんなことを聞かれても」
「どうですか」
「それほど急ぐ事態なんですね」
「そういうことです」
ミーヤは2人のやり取りを隣に座り、黙って聞いていることしかできない。
一体何が起こったというのだろう。いや、起こってはいるのだ、ずっと起こり続けている。それが今の状態なのだ。だが、このキリエの様子、きっと他に何か大きな事が起こったに違いない。
「事情を詳しく説明することはできません。ですが、トーヤと、そしてエリス様の意見を聞きたいのです。もしかすると何か打開策が見つかるかも知れません」
「だったらますます、事情を聞かせてもらった方がいいと思いますけどね」
キリエと同じく、アランも感情を見せずに対応をする。このあたりがトーヤがアランを評価する点の一つだ。もしもトーヤなら、少しは感情を顔に出してしまうだろう、そう思っている。キリエに対抗するぐらい感情を出さずにいられるのはアランぐらいだ、そう言って笑ったこともある。
「俺ではだめですか? こう見えてもトーヤの仲間で弟子みたいなもんです。少しは信用してもらってもいいと思うんですが」
「トーヤと連絡ができるのですか?」
「まあ、場合によっては?」
アランはキリエとの交渉で主導権を握った。キリエもそのことに気がつき、珍しいことにふっと軽く笑った。
「トーヤはいい弟子を持ちましたね」
「ありがとうございます」
アランもほんの少しだけ表情を緩めたが、本心から気を許したわけではない。あくまで営業用だ。もちろんキリエもそのことに気がついている。
「それで、どんな話を聞かせてもらえるんです? とりあえずは俺が聞いて判断して、場合によっては師匠に連絡する方法を考えてみますが」
まだはっきりと連絡が取れるとは言わない。かも知れないと、話によっては期待に応えられないことをにおわせる。
「今はまだ、どこからどこまでを話していいのかがよく分かりません」
キリエはまず、そう言って全部を話せることではないことをあらためて伝えた。
「次代様がご誕生になられてもう10日になります。本来ならすでに交代の日が発表され、全てがその日に向かって動いていなくてはいけない時期なのですが、今だその発表がありません」
「その日ってのは誰が決めるんです?」
「神官長です」
はあ、なるほど。アランは話の肝は神官長かと思った。
「おそらく、神官長は自分の思う通りに物事が動かない限り、交代の日の発表はしないつもりなのでしょう」
「それって、つまり、神官長がその気になれば、何年でも交代がないまま、ってことも可能ってことですか?」
「もしも、本気でやろうと思うなら」
「これはまた、面白いこと考えるもんだ」
アランは思ってもなかった話に驚くが、そのことを顔には出さず、そう言った。
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