第六章 第一節

 1 次の世代のために

「ええ、そうなのですね。今、そう言われた問題はもっと近い場所にあるのだと気がつきました」

「一体何があるんです?」


 キリエが今度は、深刻さを隠さない顔でそうつぶやいた言葉に、アランも真剣な顔で答える。


「シャンタルの資格です」

「え?」

「シャンタルがマユリアになることなくご成長になられると、血の穢れを受けられて、シャンタルの資格を失うことになります」


 アランはすぐには何を言われてるのか理解できなかったのだが、ミーヤがなんとも言えない困った顔になったのを見て、一瞬遅れて理解した。


「あ、あ、なるほど、分かりました」


 キリエも黙って頭を下げる。


「確かに交代がなく成長すると、そういう問題が出てきますよね。うちのシャンタルは男だったので、そういう問題はなかったわけですが」


 気恥ずかしさのせいだろう、アランはいつもよりちょっと早口でそう言った。


「えー、それでですね、それでいくと、当代はあと何年ぐらいだ、4、5年で資格を失う、そういう話ですよね?」

「ええ、そうなる可能性があります」

「その資格ってのを失うと、一体どんなことになるんです?」

「本当のことは分かりません」


 キリエは一応そう付け加えてから言葉を続けた。


「ですが、資格を失うということは、シャンタルではいられないということ。おそらくは天に命をお返しすることになるのでは、と」

「なんですって!」


 それまで冷静であったアランが、思わずそう声を上げ、キリエとミーヤが思わず身を引くほど驚いた。


「いや、すみません」


 アランは自分を取り戻し、咳払いを一つすると、椅子に座りなおす。


「それ、かなり深刻な話ですよ」


 アランは元の通り感情を出さない顔で続ける。


「もしかすると、当代の命があと数年、そういうことなんですか?」


 元通りの顔をしているが、やや言葉が震えているようにキリエには思えた。そういえば、この方は当代と手紙のやり取りをし、お友達としてお茶や食事を共にしているのだった。


「いえ、驚かせて申し訳ありません。最悪の場合にはその可能性もあるということです。そもそもお話ししたかったのは、当代の可能性ではありませんでした」

「そうですか」


 アランがホッとしたようにキリエもミーヤも感じた。


「それはあくまで先ほどの仮定の先にある話です。もしも神官長が何年も交代の日を定めぬということがあれば、その可能性もある、そういう話です」

「そうでしたね」

「ですが、当代が交代を終えて次代様がシャンタルを継承なさったとしても、同じ問題は残ってくるのです」


 ああ、そうか、そうなるのか。


「アラン殿はもうご存知ですよね、きっとトーヤから聞いていると思います、あの秘密のことを」


 ミーヤがトーヤから例の秘密を聞いて知っているのはすでに分かっている。きっとアランも知っているはずだ、トーヤは自分の仲間たちには話している、キリエはそう確信していた。


「どの秘密のことでしょう」


 アランは簡単には答えず、念のために確認する。


「そうですね、秘密はいくつもあります。その中でも一番最後まで沈黙を守るべき秘密です」

「やっぱそれですか」


 アランはそう言って一拍置くと、


「最後のシャンタルの秘密ですね」


 と、言った。


「ええ、そうです」

「そうか、今までそのことは考えてきませんでした、交代をうまくすることしか」

「私もです」

「交代の後、当代と次代様のためにその後も力を貸すとトーヤは言ってました。そしてそのためにいくつか考えてもいます。ですが、最後のシャンタルが資格を失う、そのことは知らなかった」

「そうでしょうね」


 アランとキリエ、どちらも内面を出さずに淡々と話してはいるが、それは本当に深く、重い問題だ。ミーヤは口を挟めずに黙って聞いているしかできない。

 それに、まだキリエには言っていないこちらの秘密もある。侍女である自分は、それを問われたら返事に困る。ここはアランに任せて傍観者でいるしかない。

 アランもそのことをきっと了承している。キリエもそれが分かっているだろうから、きっと自分に何かを尋ねることはないはず。ミーヤはそう思い、ただ置物ののようにここにいようと決めた。


「ですが、それはそれとして、とりあえず交代は無事に終わらせないといけませんよね。交代の日が何年も来ない、その可能性はきっと低い」

「ええ、おっしゃる通りです」

「じゃあ、なんで今、そんなに焦って話をしてこられたんです」

「マユリアです」


 キリエがその名を出し、そしてとりまとめて神官長の申し出である「マユリアと国王の婚姻」の話、マユリアがこの国からシャンタルが失われる日のために、その話を受けようとしていることなどを話した。


「マユリアはこのところ、よく寝付かれています」

「それはやっぱり穢れの影響ですか?」

「分かりません。ですがその可能性もございます」

「そんな体で、その、女神マユリアが王族に入る、なんてことに耐えられるんでしょうか」

「おそらく、ご自分ではなく、当代のためにそうなさろうとしているのではと思います。マユリアが人となれば、次代マユリアには穢れの影響がないとお考えなのではと」

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