第一章 第三節 光と闇

 1 光の中で

 気がつけばトーヤの体は光に取り囲まれていた。


(この感覚、覚えがある)


 あの時、聖なる湖でシャンタルと共に銀色の柱に吹き飛ばされた時、こんなものに包まれていたと思った。


「共鳴……」


 これまで4度の共鳴があったが、先の3回の時にはトーヤが拒否していたためにひどい拒否反応で体中の力を吸い取られたような、そんな状態になった。

 だが、あの時、もうだめかも知れないと思いながら必死に伸ばした指先がシャンタルの髪に触れた瞬間、この感覚に包まれて湖の上まで吹き飛ばされたのだ。


 あの時はシャンタルに触れて共鳴が起きた。だが今シャンタルはラデルの工房にいる、触れられるわけがない。


(ってことは、今回のこれは……)


「おい、あんた、もしかして御大おんたいかよ」


 トーヤの問いかけに光が流れるような声が聞こえてきた。


『やっと会えましたね』


 まるで光が波動を送ってくるような、そんな空気をあえて声と呼べるのならばだが、こうして耳に届くのだから、なんにしてもそれは美しい声としか形容しようがない。


「お、あたりか?」


 トーヤが見えない誰かに声をかけると、今度はどこかからクスクスと美しい忍び笑いが聞こえてきた。


「だったらとっとと顔見せたらどうだよ。あんたもマユリアやあいつやちびみたいにべっぴんか?」


 また光が震えてその波がトーヤの耳に届いた。


『本当にあなたは楽しいですね』


 その光を集めたような響き、確かに以前聞いたことがある。


「あんた、あの時湖で」


 トーヤがフェイのために「聖なる湖」に水を汲みに走っていた時、どこかから誰のものかは分からない声が聞こえてきた。


『ええ、そうです、わたくしです』


 光が響くような声がそう認める。


「あの時は助けてもらったのか殺されそうになったのかよう分からんが、なんにしてもお久しぶり」


 トーヤの言葉にさらに光が揺れる。


「で? こうして出現したってことは、まさか、俺がお父上の振りでここに来るのも計算済みってことか?」


 トーヤが皮肉っぽくそう聞く。


『そうとも言えますし、そうではないとも言えます』


 聞いてトーヤが大きく肩を上下して大きくため息をつく。


「またそれかよ~あのな、八年前からマユリアやラーラ様からさんざんぱらそういうの聞かされてきて飽き飽きなんだよこっちは」


 ふるふると首を振り、


「たまらんなあ」


 そう付け加えるとさらに光が震える。


「まあいいや。そんで? なんか用事があるから俺をここに呼んだわけだろ? なんの用だよ」


 きらきらと光が降るように声が答える。


『聞きたいことがあるのはそちらではないのですか?』


 言われてみれば確かにそうだとも言える。


「いや、そりゃ聞きたいことはいっぱいあるさ。けどな、あり過ぎてどっから聞けばいいか分からんぐらいだ」


 トーヤの答えにまた光が波打った。


「そんじゃまあ、とりあえずさっきのことから聞くか。あんた、さっき俺にやっと会えたって言ったよな? 俺に会いたかったのか?」

 

 トーヤの問いに光がさざめくように答える。


『ええ、ずっとここに来るのを待っていました』


「ずっと待ってた?」


『そうです、あなたのことを待っていました』


「う~ん……」


 トーヤは何をどう聞いて何をどう答えればいいのか困った。


「あのさ、待ってたんならそっちから会いに来るってこともできたんだぜ? まああっち戻ってた時は神域ってのが違うから来るのが無理だったかも知れんが、前にも俺、ここに来ただろうが。あの時にでもちょっと声かけてくれりゃ手間が省けたのによ」


 また光が震える。


「かっこいい仮面の戦士だったから分からなかった、ってことはねえよな? 今だってこうしてお父上してんだからさ。それとも二人っきりになれるの待ってたのか?」


『そういうこともありますか』


「まあ年上の女にももてるからな、俺様は」


『本当に楽しいこと』


 ふるふると波動がトーヤを包む。


「んで? 結局八年前にこっちに呼んだのも今日のこの日のためか? なんだったらあの時にまとめて言ってくれてたらよかったんじゃねえの? 一体何のために俺を『助け手たすけで』ってなもんに選んでここに呼んだのか、ついでにそこから教えてくれたらありがたい」


 トーヤはシャンタル宮で初めて目を覚ました時のことを思い出してそう聞いた。


『あなたは勘違いしています』


「勘違い?」


『ええ、そうです』


「何がだよ」


『あなたがここに来たのはあなたの意思です』


「なんだって?」


 まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった。


「だってな、あんな嵐で他のみんながあんなことになって、そんで『忌むべき者』にしたのはそっちだろうが」


『そうとも言えますし、そうではないとも言えます』


「またかよ~」


 トーヤは本気で嫌になってきた。


「あのよ、このに及んでもまだそういう物言い、なんとかなんねえのかよ……ま、いいや、そういうのだってなんとなく分かっちまってるしよ。けどな、俺は自分の意思で嵐に巻き込まれたいとか、そんな海に放り込まれて死にかけたいとか思ったこともない。そのへんどう考えてるわけ?」


『本当に自分の意思ではなかったと言えますか』


「え?」

 

 トーヤが望んだとしても嵐を起こして船を沈めるなんてことはできそうにもない。

 この神様は一体何を言いたいのだとトーヤは戸惑う。

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