3 差出人不明の手紙
その日の夕方、ヌオリとライネンがその日2回目の王宮と神殿詣でから戻ってくると、部屋の扉の下に一通の封筒が挟んであるのに気がついた。
「なんだこれは」
封筒はほぼ室内へ差し入れられ、扉の外からはほんの少し、何かがあるのに気がつくかつかないかぐらい頭をのぞかせていたことから、誰かが外から差し込んだのだろうと思われた。
「私たちが留守の間に届けられたようだな」
「そのようですね」
2人は室内に入り、封を開けて中の手紙を読んで顔色を変えた。
「みなを呼んできます」
「うむ」
ライネンが急いで隣室の5人を呼んできて、その手紙を見せると仲間たちも同じように反応をした。
『前国王陛下を今夜このお部屋にお届けします』
何の特徴もない一枚の紙にただそれだけが書かれていた。文字の特徴もあえて出さないようにしているのか、経典か何かの教科書のようにかっちりと書かれていて、筆跡だけでは書いた人間も分からないと思われた。
「私たち2人が王宮と神殿に行っている間に扉の下に挟まれていた。誰か尋ねてきた者とか、部屋の前で何かをしていた気配はなかったか?」
ヌオリが尋ねるが隣室の5人は全くそんな気配は感じなかったということだ。
「事が事ですし、宮の者に聞くわけにもいきませんね」
ライネンが手紙の文字を目でなぞりながらそう言った。
「私たちが国王陛下に面会を求めていることは知っているだろうが、まさか、宮で陛下を匿っているということなのか?」
「そんなことがあるでしょうか」
「ううむ……」
あるのだろうか、そんなことが。
王宮から出られているとすると宮か神殿にいらっしゃる可能性もないことはない。だが、交代に向けて、親御様もいらっしゃるこの状況で、宮がこっそり前国王を匿う意味はないようにおもえる。
「もしも、王都で噂になっているようなことが宮に届き、皇太子が陛下を害する可能性があると分かったなら、シャンタルやマユリアが解放するようにと命令を出されるはずだ」
ヌオリがそう言うと、
「そうでしょうか」
仲間の一人ルフマ男爵家のカベリが疑問を口にした。
「なんだカベリ」
「いえ、今のシャンタルは、その、託宣がお出来にならないとの話ですので」
そうだった。当代シャンタルは一度も託宣をしたことがない。この度の次代様のご誕生がおそらく最初で最後の託宣であろう。
「そうだったな。だが次代様のことは託宣された、それで陛下のこともお知りになったのではないか?」
「そうなのでしょうか」
「ないことではないと思う」
「ですが、その場合は皇太子殿下のことも罰してくださるのでは?」
「シャンタルは慈悲の女神だからな、まだ事が起こる前に陛下をお救いになられたのなら、皇太子を罰するなどせず反省を促されるような気がしないことはない」
ヌオリの言い分もありえることに思われた。
「まあ、今の段階では何も分からないことだ。本当に陛下がここに来られるかどうかも分からないしな」
「そうですね」
「我々が陛下のために神殿に祈りを捧げに行っていると知って、何者かが面白がってこのようなことをした可能性もないことはないしな」
ヌオリが皮肉そうにそう言って、ライネンの手から手紙を取り上げた。
「こんな差出人も分からぬ手紙に翻弄されるとは」
「ですが、本当の可能性もあります」
「ああ」
ヌオリはもう一度手紙に目を通すと、
「とりあえず今夜を待つしかない。おそらく深夜だろう、人目に付きにくい、宮が寝静まった頃に誰かがこの部屋に来る可能性はある。どう動くかを相談しよう」
そうして7人で色々と話を決めた。
話を決めるとヌオリとライネン以外の仲間は元の部屋に戻り、それぞれが夕食の時間を迎えた。
「お食事でございます」
それぞれの部屋の担当侍女が2名ずつ、食事の乗ったワゴンを押して部屋を訪れ、食事が終わるまでの間、ずっとそばに付いて世話をする。
アランとディレン、それからダルの部屋には侍女たちは食事を届けると、しばらくしてから食べ終わった食器を下げに行くのだが、何しろ相手は貴族のご子息たちだ、ずっと世話をされるのを当然と考えている。部屋こそ前の宮にあるが、そのためにそういう相手に慣れた客殿の客室係が配置をされていた。
食事の内容もトーヤが客殿の最上級の部屋にいた時ほどではないが、貴族用に豪華な内容だ。その中から当然のように食べたい物を食べたいだけ食べ、残った物には見向きもしない。もちろん世話をしてくれた侍女に礼を言うことなど考えもしない。それが貴族の普段の食事風景だ。侍女たちも慣れている。
そうしていかにも貴族らしい食事の時間が終わり、侍女たちがワゴンを持って去って行った。
時刻はまだ夜に入ったばかり、宮の中は侍女や神官たちがその日の最後の仕事を終えるために、あちらこちらへと動き回っている。ある意味一番人通りの多い時間帯だ。
その時刻に、ある人がヌオリとライネンの部屋を一人、訪れた。
神官服を着て、フードを目深まで被った見たところ神官にしか見えないその人、たくさんの神殿と宮の人間とすれ違いながら一人で歩いて来たその人は、行方不明であった前国王その人であった。
「陛下……」
想像もしなかった訪問にヌオリもライネンも言葉を失った。
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