4 選べぬ道
「少し屋敷に用事ができた、正門に馬車を回してほしい」
シャンタル宮正門の当番衛士に、前の宮に滞在しているというバンハ公爵家のヌオリとセウラー伯爵家のライネンがそう伝えてきたため、当番の衛士の1人が急いで馬車駐めまでバンハ家の馬車を引き立てに走った。
時刻はもうかなり遅く、そろそろ早番の者などが仕事を終えるぐらいだ。正直、こんな時間から迷惑なことだと思いながらも、公爵家のご子息の要望とあらば聞かないわけにはいかない。それも当番の衛士の仕事の一つだ。
ヌオリとライネンは宮の正門にある待機所で馬車が来るのを座って待っていた。すると、今度は一人の足元がよたよたと覚束ない、かなり高齢と思われる神官がやってきて、やはり当番衛士に馬を出してほしいと言ってきた。
「神官様、今からですか? こんな暗くなってどこへ行かれるんです」
「ちょっと急なお使いで王都まで行かなくてはいけなくなりました。できるだけ早く馬をお願いいたします」
衛士の言葉に神官は気の毒なぐらい小さくなって、小さい声でぼそぼそとそう頼む。
「今ちょっと一人席を外していて私もすぐに動くわけには行きません。戻ってくるまで待ってください。というか、本当に平気ですか? 明るくなってからにしていただいたらいかがです」
もちろん親切心からそう言っている部分もあるのだが、半分ぐらいはめんどくさいという気持ちもあった。大体、このぐらいの時刻になると、後は温かい待機室で同僚とお茶でも飲みながらのんびり正門の見張りをするというのが定番だ。お貴族様のご子息の馬車だの、お使いの神官の馬だのを引きに走るなんて急用が重なって出てくるなど、今日はなんてついていない、それが正直な気持ちであった。
「ちょっと急ぐのです。できるだけ早くに行かなければならない用がありまして」
老神官はそう言われてもぼそぼそとそう頼んでくる。
「そう言われてもなあ」
まだ若いと言っていい当番の衛士が困ったようにそう言う。
よほどのことがなければ当番の衛士は2人一組で立ち番に立つ、何かあって席を外す時にも必ず1人は残らなければいけない。
第一もう夕刻を過ぎて門を閉ざしてしまった。しっかりと鍵をかけた後だ。何もなければ朝までそのままでよかったものを、同僚が馬車を引いて戻ったら、もう一度門を開けて馬車を出し、出したらもう一度門を閉じなければならない。神官の要求通りに馬を連れてくるのなら、さらに同じ作業をもう一度やらなければならない。考えるだけでめんどくさいことであった。
「あの」
そんなやり取りをしていると、いきなり誰かが声をかけてきた。
「話が聞こえてきたんだが、神官様、よろしければうちの馬車に同乗なさいませんか? 帰りの馬がなくて困るというのなら別ですが」
「いえ、帰りは特に急ぎはしませんので、明日にでも宮へ来る業者の馬車にでも乗せてもらえばいいのですが、でも……」
老神官は相手が貴族と見て少しひるんでいるようだ。
「神官様、せっかくのお申し出ですし、そうさせていただいたらどうでしょう」
衛士もなんとなくホッとしてそう勧める。
「ええ、私たちなら特に問題ありません。ですよね、ヌオリ様」
「その通りですよ」
にこやかにそう言う若い2人、老神官もやっとその気になったようだ。
「そうまでおっしゃっていただけるのなら……」
そうして、もう1人の衛士が引いてきた馬車に老神官がが同乗させてもらい、無事に宮の正門から出ていった。
言うまでもなく老神官は前国王その人で、ヌオリとライネンは一緒に一芝居打ったのだ。
そうして前国王は囚われの身から見事開放された。
昨日、神官長は前国王に、神官に身をやつし、往来の多い時間を選んでヌオリたちの部屋に行くようにと指示して手配を整え、その後の脱出の方法も授けていた。
「ただ一つだけ、私がお助けしたということは決して誰にもおっしゃいませんように」
「それが分からん」
前国王はその言葉に首を
「おまえはそもそもは息子に力を貸したのではないのか、それがなぜ、今になって私を助けようとする。もしも考えを翻して私に付こうとするのなら、自分が助けたことを忘れるな、そう言って恩を売るのが筋だろう。それが助けはするがその事は忘れろと言う。一体何が狙いだ、何をしたい」
前国王が神官長に尋ねるが、何度尋ねても不思議な笑みを浮かべるばかり。
「気味が悪い……いっそ、このまま王宮へ行って息子に全てを話した方がましなような、そんな気もする」
前国王が脅すようにそう言っても、
「それならそれで構いません。現国王が、その結果、お怒りのあまり私の命を取られたとしても、それはその時、そういう運命だったと思うだけのことです」
本当に一切恐れる気配はなくそう言うだけなので、とうとう前国王も大人しく神官長の策に乗るしかないと覚悟を決めた。
「ヌオリ様たちはお若くともあなた様をお助けしようと行動を起こすだけの力をお持ちです。どうぞよくお話をなさり、決して後悔のないようになさいませ」
前国王はその言葉を薄気味悪く思い出しながら、結局はそうするしかないのだと突きつけられた道を、馬車で揺られて進むしかなかった。
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