3 神官長の訪問
ルギが物思いにふけっていると、ふいに扉が叩かれた。
「入れ」
言われて入ってきたのは交代したばかりの今夜の隊長付きであろう衛士であった。さきほどの衛士よりさらに若く、まだ入って日が浅い、兵学校を出て間もない者だ。
「どうした」
「あの、面会を求める方が」
「面会?」
通常、よほどの出来事でもなければ面会は夕刻までが礼儀とされている。それをわざわざ夕刻もとっくに過ぎ、夜に入った時刻に尋ねてくるとは、そのよほどのことがあったのだろうか。
それに、まだ若い衛士の戸惑った表情も気にはなる。
「誰だ」
ルギが短く問うと、
「あの、神官長です」
思わぬ人の名を聞くこととなった。
神官長とはあの日、謁見の間で「セルマを威圧した」と言われた時以来会っていない。
ミーヤとセルマを今の部屋に移した時、部屋の外まで来ていたとは聞いたが、直接顔を合わせてはいない。
一体何をしに来たのかと警戒する気持ちはあるが、とりあえず話を聞かないわけにはいかないだろう。
「分かった、お通ししろ」
「はい」
若い衛士が一度外へ出て、小さく細い印象しかない神官長を中に通す。
「ありがとうございます」
神官長は若い衛士を丁寧に頭を下げて見送った。
そんな姿を見ていると、見た目通り、自信なさげな事なかれ主義にしか思えない。
神官長は扉が閉じられるとゆっくりと顔を上げ、振り向いてルギを見た。
「どうぞ」
ルギは何もないように神官長にテーブルの前にある椅子を勧める。
「失礼いたします」
神官長も何もないように普通に椅子に腰をかけた。
ルギもテーブルを挟んで向かい側に腰をかけた。
しばらくそのまま座っていると、思った通り、さっきの衛士がお茶とお菓子を持って入ってきた。
「どうぞ」
二人の前に置くと丁寧に礼をして出ていった。
これが終わるまで話さずに黙って待っていたのだ。
「それで」
口を開いたのはルギであった。
「一体どのようなご用でしょうか」
「聞きましたところ、あのトーヤと申す者の関係者を逮捕なさったそうですね」
神官長がゆっくりと、さっきの自信なさげな様子から、見ようによっては愉快そうともとれる顔になっていく。
「ええ、まあ」
ルギは、神官長の目的が何か分からないうちは、自分から何か情報を与えるようなことをするつもりはない。
「二名だそうですね」
「ええ、そうです」
「どのような者です?」
「どうしてそのようなことを?」
「それはもちろん、あの者たちが怪しいと思っているからですよ」
ルギは顔には出さず、心の中でその図太さに感心をした。
ほぼ間違いなく神官長とセルマがやったこと、それをどこまでもエリス様ご一行の仕業と持っていくためにここに来たのだろう。
「そうですか」
「ええ、ですからルギ隊長も逮捕をされたのだとそう思っております」
「そうですか」
そうだとも違うとも答えない。
「そうなのですよね?」
「そう思われたいのなら」
あくまで神官長の望む通りの答えは与えない。
神官長は何を聞いても無駄らしいと理解して、深くため息をついた。
「お話しいただけないですか」
「申し訳ありませんが、こちらも職務なものですから」
「そうですよね」
神官長はもう一度ため息をつきながらも、納得したかのように答えた。
「分かりました、逮捕された者のことについてはもう何も申しません」
「そうですか」
「はい」
ルギはこれで諦めて帰ってくれるだろうと思ったが、神官長は無言で座ったまま動こうとはしない。
しばらくのまま二人は沈黙したまま座っていた。
ルギも何も反応せず、神官長も固まったように動かない。
「あの」
かなりの時間が経った後、おずおずと神官長がそう口を開いた。
「なんでしょう」
ルギは変わることなくそう答えた。
「いや、あの」
神官長はどう話し出せばいいのか困っているような、もしくは何かを企んでいるかのような、どちらにも取れるような表情でまた少し言葉を飲み込む。
ルギはそんな様子にも同じようにじっと黙っているだけで反応はしない。
とうとう神官長が思い切ったように切り出した。
「黒い香炉のことなのですが、もしかするとセルマが火を入れて色を変えたのかも知れません」
驚くような言葉が出てきた。
「あの時は、まさかセルマがそのようなことをしたとは思えなかったのですが、少し思い出したことがありまして」
おどおどとルギの様子を伺うように続ける。
「私がセルマと親しくなったのは、あの黒い香炉がきっかけでした」
神官長が一体何を言い出したのか、ルギは心の中を顔には出さず、無表情のままで聞く。
「私は神殿で儀式に使うための香炉を探していました。色や形には特に条件はなかったのですが儀式で使うもの、それなりに重厚で、できれば来歴などのある物でもあれば、そう思って思いついたのが神具でした」
ルギは黙って聞いている。
「あのようなことがあり、ちょうど宝物庫の
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