18 馬車の中の人

 突然封鎖の鐘が鳴らされ、王都が大混乱したその翌日、すでに街の騒ぎはやや収まる気配を見せていた。


「王室の備蓄を王様が配ってくださるそうだ」


 新国王は鐘が鳴った後すぐさま大臣や主だった貴族、有力者などを集め、リュセルスの生活に必要な食料や燃料などを王宮からと届けさせた。


「他に入り用な物がないか、気がついた物があれば届け出るようにとのお達しも出てる」


 封鎖については十年に一度あることで慣れている。

 八年前はちょうど十年目にあたり、そろそろ封鎖がある頃だと少しずつみなが備えていたことと、親御様が宮に入られたことが大々的に知られていた、封鎖の触れが朝起され夕方まで時間があったことで、混乱しながらもそれなりになんとか準備が間に合っていた。


 ただ、今回のように、予定より二年も早く、噂程度には親御様が宮に入られたようだとの話を耳にして真偽の程を話の種にする程度の段階で、あのようにすぐさま封鎖となったことはない。

 

「このままいつ終わるか分からぬ封鎖明けまでどう過ごせばいいんだ!」


 そうして蜂の巣をつついたような状態になっていたリュセルスだが、十分過ぎる物資の配布、しかも普段自分たちが手にし、口にするより数段上の品や食べ物を目の前にすることによって、急速に落ち着きを取り戻していた。

 新国王の素早い対応の成果である。


 そんな中、リュセルスのある一軒の家から一人の男が馬車に乗って宮へと移動していた。


 ある人の振りをしたトーヤである。


 お約束のようにフードの付いたマントにすっぽり包まれ、ぱっと見ただけでは中にどんな人間が入ってるかは分からない。

 馬車の中でもマントはかぶったまま、外の様子は全く分からないが、馬車が坂道を上り始めると、王宮の東にある大きな道を北上していることが分かった。


 やがて馬車は左折して平坦な道の上に置かれたようだ。王宮の前からシャンタル宮へと続く道に入ったのだろう。そのまま王宮の前を過ぎ、西へもうしばらく走るとシャンタル宮の敷地へと入った。

 正門をくぐり、客殿前で止まると中の人は客殿のある一室へと通された。


 客殿の中でも何番目かという、それなりに広く、落ち着いたたたずまいの部屋。女神の住まう宮殿の中にあり、おそらくここだけは比較的男性的と言える装飾の部屋である。


 トーヤは八年前にこの部屋に入ったことがあった。出産のために離宮へ入った「親御様」の夫、「次代様」の父親だけが滞在できる部屋である。

 あの日、ある考えを確かめるためにミーヤと共にこの部屋を訪れ、ラデルと色々な話をしたあの部屋だ。ほぼ十年に一度だけ使用される部屋、そこにトーヤは「お父上」、次代様の父親として入り込んでいた。


 


「な、なんだってえ〜」


 ベルが拍子抜けしたようにそう言う。


「もう一度言ってくれるか?」


 アランも耳を疑うようにしてそう言う。


「いや、だからな、次代様の父親、お父上として俺が宮へ入り込むってんだよ」

「トーヤ、まさか親御様にまで手を……」

「んなわけねえだろが!」


 ベルの突拍子もない発言に驚いてトーヤが答える。


「そんな時期、俺はまだおまえらと一緒にあっちにいただろうが!」

「そりゃまあそうなんだが、トーヤだったらありえる、いで!」


 お約束。


「おまえなあ、こっち来たら冗談でもそういうこと言うなよな!」

「わ、わかった!」


 二人、ある女性の笑顔を思い浮かべて身震いする。


「?????」


 理由が分からないアランが不思議そうな顔になるが、


「まあ、脱線するのを自分らで止めてくれたのはいいこった」


 と、小さくつぶやいた。


「でも、そんなことできるんですか?」


 シャンタルが美しい眉を寄せてラデルに聞く。


「ええ、大丈夫です、お父上も納得のことです」

「お父上が……」

「はい」


 シャンタルが軽く握った左の手の甲を口元にあて、小さく何か考える。


「あの、聞いてもいいですか」

「なんでしょう」

「お父上という方、次代様のお父さんは家具職人の方なんですよね」

「ああ」


 ラデルが小さくそう答え、一瞬考えてから、


「まあ、そのぐらいはお伝えしてもいいんでしょうね。ええ、そうです」


 そう答えた。


「お父上はこのことを知っているということですよね?」

「ええ、そうですよ」

「どのぐらいのことを知ってるんですか? たとえば私のことは?」


 シャンタルの問いにラデルが少し困った顔になり、トーヤをちらっと見た。


「おっと、そのへんは企業秘密だ」


 いたずらっぽくトーヤがそう言って片目をつぶってみせた。


「そういうことについてな、おまえがどの程度知っていいかとか、そういうのが分からん。おまえもどの程度知っていいのかとか分からんだろ? あの時の、湖に沈むと決めた時みたいに」

「それはまあそうなんだけど……」


 まだシャンタルがなにか聞きたそうにするが、


「ってことでな、時が満ちればおまえも知ることになるかも知れんし、ならんかも知れん。だから今は言えない。それでいいな?」

「…………」


 シャンタルは少しの間考えていたが、


「そうだね、それしかないよね」


 と、納得したようだ。

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