3 マユリアの影
「あんたな、あんたのいれもの扱いされた人間のこと、考えたことあんのかよ!」
光の謝罪を受け流すようにベルの怒りは続く。
「産まれてすぐおっかさんから引き離されて、そんで神様だ神様だって宮の奥に閉じ込められて、そんで次ができたらもうお
光は沈黙したまま悲しそうに
「シャンタルなんかな、そのせいで冷たい水の中で死ぬとこだったんだ!」
「もうそのへんにしとけ」
トーヤがベルを止める。
「トーヤだって死にかけたくせに!」
「分かった、分かったからもう黙れ、な?」
トーヤがベルの頭の上にとん、と右手を置いてなだめる。
「おまえの言いたいこと、俺もよく分かる。同じ気持ちだ。けどな、今は時間がない、言いたいことがあるなら後でまとめて言ってやれ。今は先にあいつの言うこと聞いてそれからのことだ。分かるだろうが」
そう言われても、それでもベルはきつい目で光の方向を
『
光が悲しそうにそう言う。
『あなたの怒りはもっともです。ですが、トーヤが申す通り、今は少し抑えてわたくしの話を聞いてください』
「わかった……」
そうしてやっとベルが口を閉じた。
「よう、続き頼むぜ」
『分かりました』
光がさびしそうに瞬いて続ける。
『そうしてわたくしたちは、次の魂を受け入れる』
光がそう言って少し考え、
『新しいシャンタルの肉体を用意することになりました』
ベルはまだその言い方にも不愉快そうな視線を向けるが、少し間を空けて光が続ける。
『マユリアが、自分の体を使ってください、そう言ってくれたのです』
「ええっ!」
「なんだよそれ!」
「それこそ意味わかんねえよ!」
みな同じ気持ちではあったが、ベルが上げた声が一番大きかった。
「なあ」
興奮しているベルを押さえながらトーヤが言う。
「マユリアってのは、あんたの侍女の女神だったよな? そんで、今は当代マユリアの中にいるって言われてる」
『その通りです』
「聞いたところによるとだな、マユリアの海に女神マユリアの体は沈んでる、そういう話だったが、そのマユリアが自分の体を使ってくれ、そう言ったってことでいいのか?」
『その通りです』
これは、一体どう受け止めればいいものか。
何をどう聞けばいいのか分からない。
「あの」
ミーヤがおずおずと話しかけた。
『なんですミーヤ』
「では、マユリアの海にはもうマユリアのお体はいらっしゃらない、そういうことなのですか?」
『そうとも言えますし、そうではないとも言えます』
「またそれかよ!」
トーヤがいらついたように言って、聞こえよがしに舌打ちをする。
「だからな、そういうのいいからとっとと話せって言ってる――」
「トーヤ、落ち着いて。少し静かに話をさせてください」
ミーヤがトーヤをそう言って
「あの、もう少しだけ分かるようにお話しくださるとありがたいです」
『ありがとう、ミーヤ』
光が柔らかくミーヤに降り
『神としてのマユリアの肉体、それを人の世に人として産まれさせるということは、神としての肉体を失うということです。ですがその
「ありがとうございます、少し分かった気がいたします」
「分かったのか?」
トーヤが驚いたように聞く。
「ええ、分かりました」
「あの、私にも」
「私にもなんとなく」
3人の侍女が口を揃えてそう言うが、トーヤにはいまひとつ理解しかねる話であった。
「宮に仕える侍女の身として、頭ではなく心と言うか感覚で理解できたと思います。それはちょうど、マユリアがあの海の底でお眠りになりながらも、宮におられるマユリアの中にもおられるということ、神のマユリアと人のマユリアが同じお方であるということと同じではないかと」
「う~ん……」
ミーヤの説明を聞いても、まだ分かったような分からないようなとトーヤは思った。
「まあ、そういうのはまた後で説明してくれ、時間がないってことだしな」
「はい」
「ってことで、続けてくれ。マユリアが自分の体使えって言って、そんでそうなったから、その時には次のシャンタルが無事に産まれた、そういうことでいいんだな?」
『その通りです』
「ってことは、そのマユリアの体を持ったシャンタルってのがいて、その後で交代してマユリアの入ったマユリアってのがいたってことになる、それでいいのか?」
『その通りです』
「ずばり聞くぞ、そのマユリアの体を持ったマユリアってのは一体誰だ?」
誰もが思ったことであった。
「てか、俺の考えを言わせてもらう。あんた、さっき半世紀ほど前に生まれたシャンタルの
「ラーラ様……」
ミーヤがポツリと言った。
「そうだ、ラーラ様だ。それで合ってるか?」
『その通りです』
光の答えに思わずみなが息を飲んだ。
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