21 二者択一

「なあ、あっちはトーヤが、死神が一緒なら考えてやってもいい、そう言ってくれてんだ。なあ、一緒に行ってくれねえかなあ」


 ティクスは必死にそう訴えかける。


「とりあえず一回話だけは聞いてみるか」

「ほんとか!」

「まあ話だけな」

「うん、うん、頼むよ、うん」


 そうして、ねるような足取りのティクスに案内されて一隻いっせきの船を訪ね、船長と名乗る男と話をすることとなった。


「あんたが死神トーヤか」

「ああ」


 その当時、トーヤはすでに「死神」という異名いみょうで知られていた。

 どんな戦の時でも、何があっても、勝敗に関係なく、自分一人だけ生き残ってきたからである。


「ティクスから聞いただろう。まあ、そういう感じでちょいとばかり遠くまで行くことにしたんでな、あんたみたいなやつに乗ってもらえたら心丈夫こころじょうぶなんだよ」

「ああ、聞いた」


 トーヤはふっと皮肉そうに笑って、


「死神に乗ってほしいなんて、あんたも物好きだな、あんた、なんで俺が死神って呼ばれてるか知ってんのか?」


 と言った。


「なんでって……」


 相手の男はちょっと困ったように、


「なんでも、あんたには死神がいてる、どんな厳しい戦でもあんたは絶対生き残るって」

「まあ合ってるかな」


 トーヤはふふふ、と愉快そうに笑う。


「そんで、俺に一緒にシャンタリオか? そっちまで付いて来てほしいって言ってんだな?」

「まあ、そういうことだ」


 男は少しだけ腰が引けたようにそう答えた。


「そうか。ならいいぜ、行ってやっても」

「本当か!」

「ほんとかトーヤ!」


 男とティクスが同時に答えた。


「ああ、だけど一つ条件がある」

「なんだ、言ってくれ」

「そこにいるティクスな、そいつは乗せるな」

「え?」

「へ?」


 また2人が同時に答える。


「そいつは素人だ。そいつの仕事、なんだか知ってるんだろ?」

「あ、ああ聞いた。焼き物職人だろう」

「そうだ。そんな素人と一緒に海渡るなんて俺はまっぴらだ。ティクスが乗るなら俺はやめる」

「え!」

「なんでなんだよトーヤ!」


 船長が驚き、ティクスも同じく驚いてトーヤに詰め寄る。


「言った通りだよ、素人と一緒にそんな船に乗るなんてとんでもねえ」

「だって、この話持ってきたのは俺じゃないか!」

「だったらおまえが乗りゃいい。その代わりに俺は乗らん」

「そんな!」

「なあ船長、あんた、どっち選ぶ?」


 船長は口を開かないが、そんなこと聞くまでもないだろう。


「俺はどっちだっていいんだぜ? 元々そこまで乗りたくてここに来たわけじゃねえしな」

「だったらなんで来たんだよ!」

 

 ティクスが顔を真赤にして抗議する。


「なんでかって? だから言っただろうがおまえが素人だからだって」

「どういう意味」

「あのな」


 トーヤは馬鹿にしたように続ける。


「何回も言うけどな、おまえは素人だ。そんなやつが普通の船ならともかくな、こんな船に乗ってどうしようってんだよ」

「けど、だけど、俺、金ないから、シャンタリオに行ってみたいと思ったら、そうするしかないんだよ!」

「だったら金貯めろよ」


 トーヤがとんっとティクスの肩を突いて言う。


「おまえ、もしも船の上で海賊に会ったらどうするつもりだ」

「それは……」

「なんもできねえだろ? もしかして俺に守ってもらえるとか、そんな甘いこと考えてんじゃねえの?」

「…………」

 

 ティクスは答えられない。そういう考えがなかったわけではないからだ。


「俺はごめんだね」

 

 吐き捨てるようにトーヤが言う。


「そんであんたもだ」

「え?」

「あんた、どうせこいつが俺と知り合いだとか言ったもんで、そんなこと言ったんだろうが」

「それは……」


 船長も言葉に詰まる。トーヤの言う通りだったからだ。

 

 シャンタリオまでは何しろ遠い。なんでそんな旅に出ようと思ったかまでは分からないが、トーヤの噂は聞いていて、そういう腕の立つ人間が欲しいと思っていたところにティクスがやってきたのでちょうどいいと思ったのだ。嘘なら嘘で追っ払う口実、本当に知り合いなら儲けものというものだ。


「まあな、そりゃどっちでもいい。俺は傭兵だからな。あんたが俺を雇いたい、用心棒にしたいってんなら、それはそれでいいところに目をつけたと思うぜ。俺は船の経験も結構あるからな。こういう船にも今まで何度か乗ってるし、悪い買い物じゃねえとは思う」


 トーヤはさらさらっと、自分を売り込むように言った後、表情を変えて続けた。


「けどな、こんな素人巻き込むような、そういうやり口は好きじゃねえ。あんた、こいつ乗せる気なんぞはなっからなかっただろうが、え? そんで、もしも万が一本当に俺と知り合いで俺が乗る気んなったら、こいつのことは価値のない荷物と同じ、やり合う相手に殺されようが、海に落ちようがほっときゃいい、そういう考えだったよな」


 図星であった。

 そもそもが海賊行為でもやってやろうかと考えるような船長だ、船員の一人や二人どうにかなっても仕方がない、そのぐらいの了見の持ち主でもないとやってられないだろう。


「そんで俺もそうだ。うまい仕事がありゃ乗ってもいい。だがな、足引っ張るような素人と一緒はお断り。さあ船長、どっち選ぶ?」


 トーヤはニヤリと笑ってそう言った。

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