17 カース捜索
待ちに待った鐘が鳴った。
無事に次代様がご誕生になり、封鎖が明ける鐘だ。
通常は深夜、日付が変わる頃に鐘が鳴り、その夜明けが封鎖明けだが、その中ですでに動き出している一団があった。
宮から飛び出した衛士たちだ。
王都とカースを隔てる封鎖のための壁と検問所は、夜明けまでは開くことはない。すでに封鎖は明けているが、慣習として夜明けまではよほどのことがない限り、封鎖と同じ扱いを続ける。
「開門! 第一警護隊だ、捜索のためにカースへ入る! 開門!」
第一警護隊隊長のゼトが門番の憲兵にそう告げ、急いで憲兵が衛士たちを通す。
「カースの村長宅だ、俺と3名でそちらに向かう。残りの者は検問所と王都につながる道を塞げ!」
「はっ!」
真夜中、鐘が鳴ると同時にゼト率いる第一警護隊はそうして検問所からカースへとなだれ込んだ。
「なんだいなんだい、こんな真夜中に! 一体なにごとだい!」
乱暴に扉を叩かれ、中から女が大きな声でそう答える。
「シャンタル宮第一警護隊だ! 聞きたいことがある、ここを開けろ!」
ゼトが中の声に対抗するかのように大声でそう言うと、かちゃかちゃと鍵を開ける音がして、不機嫌そうな中年の女が顔を出した。言うまでもなく、この家の主婦ナスタである。
「一体なんですか。こっちはもう寝てたんですけどね。封鎖が明けて、久しぶりに漁の成果を市に持っていけるってみんな張り切ってるんだ。用事があるならとっとと済ませてとっと寝かせておくれ。明日は大忙しなはずだからね」
ナスタは不愉快な表情を崩さぬまま、隊長のゼトを睨みつけてそう言う。
「すまぬな、こちらも役目なもので」
「そりゃ分かりますよ。うちの息子がなんでか月虹隊の隊長、なんてのを拝命してますからね、そういうお役目は大変なのは分かります。だけどねえ、封鎖明けの鐘と同時にこんな、一体何事なんです?」
口では理解すると言いながら、ナスタの表情はますます不機嫌になっていく。
「こちらにトーヤという男が来ていないか?」
「トーヤ?」
ナスタが何を聞かれたか分からないという顔で、トーヤという単語を繰り返す。
「トーヤだ。そちらのご子息のダル隊長と同じく月虹兵だという」
「えっ、トーヤが帰ってきてるのかい?」
ナスタが目を丸くして逆にゼトに聞く。
「知らないのか?」
「知らないよ。本当にトーヤが帰ってきてるのかい?」
言うなりナスタが輪をかけて不機嫌な顔になる。
「帰ってきてるんなら、なんだってうちに顔を出さないんだい! こっちは八年の間ずっと心配して、もしかしてと思うこともあったってのに。あんたは会ったのかい? それとも帰ってきてるって聞いただけかい?」
「あ、ああ、会った」
ゼトがナスタの勢いに押され、そう答える。
「どこで!」
「待て!」
ゼトが両手でナスタを制し、
「聞きたいのこちらだ、ここにトーヤが来てるだろう!」
と、話の主導権を取り戻すべく、強い調子で聞く。
「来てたらこんなにびっくりしてるはずがないだろ!」
残念ながら、もっと強い調子で言い返されてしまった。
「では、本当に来てないと言うんだな? 宮をたばかるようなことを言っていたら、罪になる可能性もあるぞ?」
「そこまで疑うんならどこでも見てごらんよ、ほら!」
ナスタは少し腰が引けたゼトの腕を掴んで家の中に引っ張り込むと、
「じいちゃん、ばあちゃん、サディ! ちょっと聞いておくれよ、トーヤが帰ってきてるらしい!」
と、大声で言った。
「なんだって?」
急いで寝室からサディが飛び出るようにして、
「どこにだ!」
と、こちらも驚いた様子でそう聞く。
これは、本当にこの家族は知らないのか? ゼトは一瞬心の中でそう考えたが、いや、しっかりと確かめるまではそんな思い込みはするわけにはいかないと、ぐっとこらえる。こちらも伊達に第一警備隊隊長を務めているわけではないのだ。
「おい、奥の部屋まで調べさせてもらうぞ」
衛士たちに合図を送ると、一緒にいた3名の衛士がそれぞれの部屋を調べに行く。
「衛士様、トーヤが帰ってきとるというのは本当ですか?」
奥の部屋から村長が杖をつき、ゆっくりと近づきながらゼトにそう聞いてきた。
「ええ、私は間違いなく本人に会いました」
ゼトが村長に丁寧に答える。こちらの方が話が通じそうだ、そう判断したらしい。
「それはいつのことですかな」
「私が会ったのは封鎖の当日です」
「封鎖の当日……」
聞くなり村長が杖をダン! と床に打ち付け、こめかみに青く筋を立てて怒り出した。
「帰っておるならなんでうちに顔を出さん!」
「じいちゃん、血圧が上がる!」
ナスタがそう言った途端、老人はゆらりとゆらめき、思わずゼトが体を支えた。
「なあ、衛士様、わしはあれを実の孫と同じようにかわいがっておった。それが、なんじゃと? 何があったか知らんが、こんな、衛士に追われるようなことをして、それでもうちを頼ってこんとは、なんという情けないことか」
自分の腕の中でしおしおとそう言う老人を見ながら、ゼトは困り果ててしまった。
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